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若者離れの『年賀状』の歴史は意外と古かった

年賀状って出さなくなっていますよね。最近はスマホの普及でSNS経由で済ますことも。でも日本の文化でもあるような気がします。その歴史は意外と平安時代からと古かったのです。

更新日: 2014年12月21日

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usausa2000さん

◆年賀状の目的

年賀状は年賀のあいさつに行きたいけれど、遠くていけない人に挨拶をする目的で始まったもの、つまりは礼儀です。ただ、現代の年賀状には礼儀以外にも多くの意義が含まれています

年賀状はその新しい年を一緒に迎えられた人へのありがとうとよろしくの意味があるあいさつ文でした。もともと年賀状がない時代では顔と顔を合わせて挨拶をするのが習わしとなっていました。足を運んで新年の挨拶という美しい文化から年賀状は生まれているのです

◆平安時代

平安時代の貴族・藤原明衡がまとめた手紙の文例集の中には、年始の挨拶の文例がありました。この頃には一部の貴族が年始の挨拶を手紙で行っていたことが判ります

年始に旧年お世話になった方へ挨拶周りをするという習慣が平安時代からあったそうです。紙や文字の普及とともに次第に挨拶を書面に著したものが年始に送られるようになりました。これが年賀状の始まりだと言われています。

◆明治

明治6年に官製はがきが発行されて以来、年賀状の習慣は少しづつ増え続け、七福神や鶴、松竹梅などをテーマとしたデザインが主流でしたが、明治33年(1900年)私製はがきの取り扱いが始まり、一挙に年賀状文化が花開く事に

明治から、大正、昭和のはじめにかけて順調に伸びてきた年賀状も昭和16年の開戦とともに、一時期ほとんどがその姿を消してしまったのですが、戦後、昭和24年から発行され始めたお年玉付き年賀はがきとともに、再び息の長い文化として定着

明治20年前後になると、「年賀状を出す」ということが、国民の間に年中行事のひとつとして定着します。その結果、毎年末から年始にかけて、郵便局には多くの人々が出した年賀状が集中し、郵便取扱量が何十倍にも跳ね上がりました。

年賀状の差出数は年々増加していたため「年賀郵便物特別取扱」の仕組が郵便局で開始されました。これにより一定期間内に差し出された郵便物が元旦に届けられるという現在と同じ郵便システムが築かれました

年末の一定時期、具体的には12月20日~30日の間に、指定された郵便局に持ち込めば、「1月1日」の消印で新年に(必ずしも元旦配達ということではありません)配達しようという仕組み

◆大正

大正2年の元旦は明治天皇の大喪中で、国民全てが悲しみに暮れて喪に服しました。逓信省は、年始郵便として喪中を含めた年始の挨拶状を始め、本格的な年賀郵便特別取扱を実施したのが大正時代からになります

◆昭和

私製の年賀はがきに貼る年賀切手として、昭和11年用年賀切手が昭和10年12月1日に発行されました。 年賀切手の図柄は渡辺崋山画伯による「富獄の図」で、郵便料金は1銭5厘

昭和25年に最初のお年玉付き年賀はがきが発売され、大好評につき現在まで普及しています。また、この年から年賀印も再開

賞品は、特等:高級ミシン、1等:純毛洋服生地、2等:学童用本革グローブ、3等:学童用洋傘、4等:葉書入れ、5等:便箋・封筒、6等:記念切手でした。当時は2円(寄付金なし)が1億5千万枚及び3円(寄付金付)が3千万枚発行

◆最近は

パソコン時代の到来に対応して、平成11年用からはインクジェットプリンタ用の年賀はがきを発行したり、2000年及び2001年には、早期差出を促進するために特製の年賀印を使用するなど、年賀郵便の利便性を高めるべく、今日も郵政公社の努力は続いている

◆年賀状離れ

最近はメールやパソコンなどが普及しているので、いつでも誰とでも手軽に連絡が取れる時代になりました。そのことから、年賀状を出さない人が増えている

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