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幸福と企業をつなぐコピーライター 岩崎俊一さんの名作コピー10選

コピーライター、岩崎俊一さんの名作コピーをご紹介します。人と企業と幸福。この3点を、穏やかな眼差しで見つめ、あたたかい言葉で包み込んで生まれた珠玉の言葉の贈りもの。1つ1つ、味わって読んでいただければと思います。

更新日: 2015年01月08日

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monocromyさん

・略歴

岩崎俊一(いわさきしゅんいち)
コピーライター クリエイティブディレクター
東京コピーライターズクラブ(TCC)会員
1947年 京都市生まれ
1970年 同志社大学文学部文化学科心理学専攻卒業
レマン マドラなど経て1979年岩崎俊一事務所設立
TCC賞 ACC賞 ギャラクシー賞大賞
読売広告大賞 朝日広告賞 毎日デザイン広告賞
日経広告賞 カンヌ国際広告賞ほかを受賞。

出典幸福を見つめるコピー 2009年 著:岩崎俊一

・あなたに会えたお礼です。

人が、一生のあいだに会える人の数は
ほんとうにわずかだと思います。
そんなひと握りの人の中に、あなたが入っていたなんて。
この幸運を、ぼくは、誰に感謝すればいいのでしょう。
あなたに会えたお礼です。
サントリーの贈りもの。

1985年 サントリーのお歳暮の広告です。
このページを見てくれた方への感謝の気持ちを込めて。まずはこのコピーを。

・年賀状は、贈り物だと思う。

たった一枚の、小さくて、うすい紙。
それが年賀状です。
そこには何も入らない。
指輪も、セーターも、シャンパンも入らない。
でも、そこには、あなたを入れられる。
あなたの気持ちを、あなたの言葉を、
あなたの表現を入れることが出来る。
だから年賀状はすばらしい。
そう思いませんか。
大切な人のもとへ。
一年で、いちばん初めに届けられるプレゼント。

2007年 日本郵便の広告です。
著書、“幸福を見つめるコピー”にて、岩崎さんは、「人に贈り物をするとは、知恵も、時間も、労力も、お金も使うとてもめんどくさい行為。でも、そうしてでも人は、人に贈り物をしたいのだ。そうすることで相手の人がよろこんでくれることを知っているからだ。」と語っています。

・さしあげたのは、時間です。

あなたが愛する、この1本のボトルが空白になるまでに、
あなたは誰と会い、
どんな会話をあたため、
何度笑顔になってくれるでしょうか。
いい時間を過ごしてください。
長い長い、時間の川を流れてきた
ウイスキーが、いま、
あなたの海にそそぎこむ。

1986年 サントリーのお歳暮の広告です。
お酒が大好きなあなたへ、
お酒とともに、お酒と過ごす楽しい時間を贈りたい。
そう考えて、このコピーを書いたのでしょうか。

・幸福は、ごはんが炊かれる場所にある。

食事をする時、人は幸せでいてほしい。私たちは、心からそう考えています。
ひとりの時も。あわただしく食べるときも。仕事をたっぷりかかえている時も。
もちろん大好きな人と一緒にいる時も。だって、食べることは、人が生きてゆくためにいちばん大切なことなのですから。
私たちが、創業以来、お弁当のあたたかさにこだわってきたのはそのためです。
お米のおいしさにこだわってきたのも、その土地その土地の新鮮な食材にこだわってきたのも、そのためなのです。
お店でごはんを炊く時、ふと、こんなに嬉しい仕事はないのではないか。そう思うことがあります。私たちのやっていることは、ずっと昔から、この日本のすべての家庭でくり返されてきた風景と同じだからです。愛する人がいて、その人を想いながら、その人の目の前でつくり、それをあたたかいまま差し出す。
毎日をいっしょうけんめい生きている家族の、そのもっとも基本になる姿が、そのまま、私たちの仕事の中にある。そう思えてならないのです。
日本はこれからますます忙しくなります。
少人数家庭も多くなるでしょう。
お弁当が活躍するシーンはどんどんふえると思うのです。
お弁当ががんばれば、日本はもっとあたたかくなる。
私たち「ほっともっと」にご期待ください。

2008年 プレナス(ほっともっと)の企業広告です。
“ごはん”から感じるあたたかさと、“幸福”から感じるあたたかさ。
その2つの共通点を岩崎さんらしい穏やかな言葉で包み込んだ作品です。

・人生は、冬ではなく、春で終わりたい。

老後とはきびしいものだとあきらめている人が、日本には大勢います。
でも、ちょっと待ってください。長い年月をまじめに働き、子どもを育て、社会への責任を果たしてきた、そんな人々の老後がさびしいものであっていいわけがない。そう思いませんか。
生きている限り幸せでいよう。まず、そう願ってください。
そして、そうなるためにはどうすればいいか、
一生けんめい考えてください。
ヒルデモアは、その答えのひとつになるために生まれました。
デンマーク・コペンハーゲンで出会った
理想の介護住宅をモデルに、日本にはなかった考え方やシステムのあり方を徹底的に学び、実践に移しました。
その成果が「ヒルデモア たまプラーザ」や京都の「ヒルデモア東山」であり、
いよいよオープンの日が来た「ヒルデモア こどもの国」なのです。
人が高齢になり、たとえ介護が必要になった時も、
若い頃と同じように、自然に笑い、泣き、語り、遊び、感動できること。
新しい思い出を生み出せる、みずみずしい暮らしができること。
歳をとるのは悪くない。そう思える人が、
この国にひとりでもふえるために、
私たちの長い歩みが、もう始まっています。

2004年 サミュエルの企業広告です。
当初、このコピーは提案の際、一度断られた経緯があります。
理由は1つ。“終わる”という表現が“死”を連想させるものであるため。
しかし、一年後、採用されることになります。
このコピーは確かに命の終わりを語ったコピーではありますが、
それ以上に、人生の終わりを見据えた人間の、とても前向きな、
“生きる姿勢”をひしひしと感じるコピーです。
その前向きなエネルギーが、クライアントを動かし、読む人の心を動かしたのだろうと思います。

・人間という肩書きで、生きようと思う。

多くの人は、50代のある日に、ふと気づくのかもしれない。
あ、私はいま、この人生でいちばん自由な時をすごしている、と。
子は巣立った。泣いたり、笑ったり、叱ったり、けんかをしたりといろいろあったけれど、
ひとまず、親としての責任は終えた。
働いた、けんめいに働いた。野心に満ちていたあの若い日からずっと、
家族との時間も犠牲にして働いたけれど、
それも、もう思い出に変わろうとしている。家の中も戦争だった。
近くに親戚すらいない核家族の心細さの中で、主婦として、妻として、母として、
来る日も来る日も走りつづけていたような気がする。
でも、ある日気がつけば、思いがけなく自由な場所に出ていた。
そこには、何をしてもいい時間があった。
勝ち負けのない生活があった。成長した子をはるか遠くに見ながら、
少しさびしくはあるけれど、おだやかで、のびやかで、
思いきりおおらかな日々があった。自分だけでなく、みんなが幸せであってほしい。
自分の家族だけでなく、友人も、知りあいも、自分につながる人はもちろん、つながらない人にもしあわせであってほしい。そんなことをふつうに願っている自分がいた。
いいな、と思うのです。歳をとることが、そんなやさしさやあたたかさを身につけることなら、
よろこんで歳をとろうと思うのです。
長年慣れ親しんだ社会での肩書を捨て、人間という肩書きで、生きよう。
私たちの新しいネットワーク「club willbe」には、
そう考える人に集まってほしいのです。そんな人が集まり、会話を交わし、
楽しみ、そしてできれば、そうすることで人の役に立つ。
そうありたいと考えています。あなたの参加を、心からお待ちします。

2008年 club willbeの広告です。

・やがて、いのちに変わるもの。

人が泣いています。人が笑っています。
人と人が出会い、人と人が恋をし、結ばれ、子どもが生まれ、育ち、
ふたたび新しいドラマが始まってゆく。
人は歌い、人は走り、人は飛び、人は踊り、絵を描き、音楽を生み、
壮大な映像をつむぎ出す。
食べものとは、そんなすばらしい人間の、
一日一日をつくっている。
こんこんと湧き出す、
いのちのもとをつくっているのですね。
私たちがいつも胸に刻み、大切にしているのは、その想いです。
どこよりも安全なものを。
どこよりも安心で、健康で、おいしいものを。
やがて、いのちに変わるもの。
ミツカン

2004年 ミツカンの企業広告です。
食べものとは人のすべての営みの源である。だからこそ、安全で安心なものではなくてはいけないということをわかりやすく、あたたかく語ったコピーです。

・人は貧しいという理由で死んではいけない。

つい忘れがちですが、
いまも、地上には貧しさに苦しむ多くの人がいます。
人は死を避けることはできません。
でも、もしその人が貧困という理由で生命の危機にあるなら、
それを救うことは不可能ではない。それも物資の供与という急場しのぎではなく、
そこに住む人々が、作物を育てたり、物を生産するという
「持続する知恵と力」を持つことで解決する。
それこそがほんとうの支援だと、フォスター・プランは信じています。
食糧確保を始め、保健・医療・教育、居住環境など、さまざまな課題に取り組む
私たちのプロジェクト。
あなたの参加を心から願う、フォスター・プランです。

1999年 日本フォスター・プラン協会の広告です。

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