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やっぱり本田宗一郎はすごかった!仰天エピソード・名言集

本田技研工業(通称:「ホンダ」)の創業者、本田宗一郎のエピソード、名言を紹介します。

更新日: 2016年06月01日

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meigen100さん

本田宗一郎とは

本田 宗一郎(ほんだ そういちろう、1906年(明治39年)11月17日 - 1991年(平成3年)8月5日)は、日本の実業家、技術者。本田技研工業(通称:「ホンダ」)の創業者。

一番を目指せばいい

1986年、F1でのホンダターボエンジンの圧勝を面白く思わないFISA(現FIA)はターボエンジンの段階的禁止、及び1989年から自然吸気エンジンのみへ移行する決定を下しました。これに憤慨したチーム監督の桜井淑敏らは本田宗一郎に直訴しようとしましたが、本田は桜井に会うなり

「ホンダだけがターボ禁止なのか? 違うのか、馬鹿な奴等だ。ホンダだけに規制をするのなら賢いが、すべて同じ条件でならホンダが一番速く、一番いいエンジンを作るのにな。で、なんだ話ってのは?」

と言い桜井達は「いいんです、何でもありません」と嬉しくなってしまったそうです。

がんばっていれば、いつか報われる。
持ち続ければ、夢はかなう。
そんなのは幻想だ。
たいてい、努力は報われない。
たいてい、正義は勝てやしない。
たいてい、夢はかなわない。
そんなこと、現実の世界ではよくあることだ。
けれど、それがどうした?
スタートはそこからだ。
技術開発は失敗が99%。
新しいことをやれば、必ずしくじる。
腹が立つ。
だから、寝る時間、食う時間を惜しんで、
何度でもやる。
さあ、きのうまでの自分を超えろ。
きのうまでのHondaを超えろ。
負けるもんか。

120%の良品を目指す

宗一郎はつねづね『120%の良品を目指す』ということを口にした。100%ではなく120%である。なぜかというと、人間のすることである以上、必ず1~2%のミスは起こり得るからだ。99%の完成度といえば、一般的には十分に優秀な合格ラインだと思うかもしれないが、宗一郎はそうは考えなかった。その1%の不良品を買ってしまった客にとって、それは1%ではなくて、『1分の1であり、その1台1台が本田技研の全技術と全信用を担う1台』だからだ。

お客様は『わが社にとって何ものよりも貴い宝』。宝物である顧客にひとりの例外もなく満足してもらい、信用してもらうためには、120%の良品を目指す必要がある。

タイヤを首飾りにした

本田サンが若き日のお話。その当時の彼のマイブームは、「イギリスのマン島で開催されるバイクの世界レースにホンダのバイクを出場させる事」でした。さて、何はともあれ現地を訪れた本田サン。

運よく、他の出場チームから、「滑らないように非対称に溝が掘ってあるタイヤ」を譲り受けます。「よーし。このタイヤを日本に持ち帰って研究だ!」と思ったのも束の間。問題が発生します。帰りの飛行機の貨物にタイヤを積み込もうとしたところ、「重量オーバーで別料金がかかる」と言われてしまったのです。

運悪く、別料金を払う金銭的余裕がなかった本田サンは「これは首飾りだ!」と言い張って、首にかけて機内に持ち込んだ。空港のカウンターで、係の人と口論する姿が目に浮かびますね。結局、本田サン、タイヤをハワイのレイのように首にかけて機内に持ち込み、フライト中もずっとそのまま。空港に出迎えに来た人たちの前へも、その恰好のまま堂々と笑顔で現れたそうです。

いろいろ考えなくちゃならなくなってきた。
お金のこととか。
ノルマとか。
効率とか。
エコとか。
リサイクルとか。
グローバルなこととか。

でも、それはゴールじゃない。
それがすべてじゃない。
いつだって、僕らを突き動かすのは、好奇心だ。
好きなことをやるだけで、食ってはいけない。
でも、好きなことをやらなかったら、人生はつまらない。

面白いから、やる。

静かにするためにラーメンを買い占めた

彼は製品のデザインにも特別のこだわりを持っており、その入れ込みようは、ホンダのデザイナーたちから「造形係長」と呼ばれていました。いいデザインが浮かぶと夜中でも妻に鉛筆と紙を持ってこさせたといい、ラーメン屋のチャルメラが彼の集中力を妨げたときなどは、ラーメンを買い占めてチャルメラを黙らせてしまったといわれます。

正装はツナギ

皇居での勲一等瑞宝章親授式へ出席の際、「技術者の正装とは真っ白なツナギ(作業着)だ」と言い、その服装で出席しようとした。「天皇陛下の御前では失礼に当たります。これまで正装(燕尾服)以外で親授式に臨んだ受章者は誰1人おりません。」という説得にも耳を貸そうとせず「いなくたっていいじゃないか。俺は白の作業着を着たいんだ」と強硬に言い張ったが、さすがに周囲に止められ最終的には社員が持っていた燕尾服を着用した。

ある工場に視察に行った本田宗一郎。 工場を歩いていると、若い作業員から 「おい、おっさん何ポケットに手を突っ込んで歩いてんだ!転けたらあぶないだろ!」その後、HONDAのツナギからポケットがなくなった。

まわりにも配慮

南青山の本社ビルを新築する際、宗一郎は「万が一地震が起こったときに、割れたガラスが歩道を歩く人に降りかからないようにしなさい」と指示し、全フロアにバルコニーがつけられたという。

本田宗一郎とアイルトン・セナ

1990年暮れのFIA表彰式で特別功労賞の表彰を受けた本田宗一郎に『セナ君,おめでとう.来年も,ナンバーワンのエンジン,作るよ』と言われ,ホンダエンジンを崇拝していたセナは感極まって涙した.

その前のやり取りとして本田はセナに「ナンバーワン,ナンバーワン,ナンバーワン!」と英語で声をかけ,セナは本田に「ドウモアリガトウ」と日本語で返した. その時タキシード姿で撮った写真が,両名にとって生涯最後のツーショットとなる.

1991年,第10戦ハンガリーGP直前,本田宗一郎がこの世を去った. 喪章をつけレースに挑んだセナはハンガリーGPで勝利.この年,3度目のワールドチャンピオンに輝く.

働いている手

ホンダの創業者、本田宗一郎氏はある日、あっさりと代表の座を降りた。その後、彼は全国行脚の旅に出る。全国のホンダの営業所、工場を訪れ社員一人一人に挨拶し、握手を交わしたいと言い出したのだ。

それが社長を辞める際の彼の唯一の願いだった。飛行機、車、新幹線を乗り継いで彼は全国どころか外国も含め、1年半ですべてを回りきった。ある工場で宗一郎氏と握手する前に急いで走り去ろうとするものがいた。

「どうした?」

そう呼び止めると

「手が汚れているから」

と油で真っ黒になった手を隠しながらもぞもぞしている。

だが宗一郎は、

「いいんだよ、それでいいんだ」

と彼の真っ黒な手を握り締めた。

「働いている手じゃないか、立派な手だ。俺はこういう手が一番好きだ」

そういいながら涙ぐむ宗一郎氏と一緒に社員も涙を流した。

出典本田宗一郎の実践創造術―「勝つ」組織より「負けない」組織を作る!

関連:ロマンを忘れないこと!「あかさたなはまやらわの法則」

【あ】「ありがとう」は何度言っても良いこと
【い】「忙しい」と言う人は頼りにならないこと
【う】運を引き寄せるためには努力し続けること
【え】笑顔は最大の武器であること
【お】お礼はすぐにすること
【か】学生時代の友人を大切にすること
【き】今日から始めること
【く】苦しいときこそ諦めないこと
【け】健康を当たり前と思ってはいけないこと
【こ】心を鍛えるには体を鍛えること
【さ】最低限のお金がないと自信を失うこと
【し】叱られるのは20代の特権であること
【す】素直になること
【せ】成功談よりも失敗談から学ぶこと
【そ】外に目を向けること
【た】他人の意見は無責任であること
【ち】小さなことで大騒ぎしないこと
【つ】強がらなくて良いこと
【て】できないと言う人は必要ない人であること

【な】涙を流すのは恥ずかしくないこと
【に】人間は弱いこと
【ぬ】抜かりなく準備すること
【ね】熱意があれば、人は動いてくれること
【の】残り時間を意識すること
【は】早く失敗して、早く改善すること
【ひ】一人で頑張るのには限界があること
【ふ】プライドなんて持っても意味がないこと
【へ】偏見に出会ったら断固として戦うこと
【ほ】本当にやりたいことに集中すること
【ま】迷ったらすぐにやってみること
【み】みんなという言葉に安心しないこと
【む】群れずに「違い」を意識すること
【め】目上の人に甘えてもいいこと
【も】目的がない行動は無駄であること
【や】やり直すのに遅いことはないこと
【ゆ】勇気は体験から生まれること
【よ】余裕がないと人を傷つけること
【ら】ライバルがいたほうが良いこと
【り】リラックスを心がけること
【る】ルールを破っても良いこと
【れ】冷静になって考えること
【ろ】ロマンを忘れないこと
【わ】わかっているのとできるのは違うこと

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