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ペリカンの「カッタくん」を覚えてる? 映画にもなった宇部市の大スター

みなさんはペリカンの「カッタくん」を覚えていますか? 1980~90年代にメディアに取り上げられ大ブームとなった山口県宇部市のモモイロペリカン。映画まで作られ、日本中で愛されたカッタくんの軌跡を振り返ります。

更新日: 2019年12月10日

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dat_naviさん

■日本初の人工孵化で誕生したペリカン「カッタくん」

1985年、山口県宇部市のときわ公園で、日本初の人工孵化によるモモイロペリカンが誕生

このペリカンは、故郷のインド・カルカッタにちなんで「カッタくん」と名付けられスクスクと成長していきました

■近所の幼稚園に通い始める

人の手で育てられたためか、人なつっこく、88年ごろから、幼稚園や学校に飛んでくるようになり、子どもたちと触れ合う姿が話題となった

人間に育てられたカッタ君は自分が人間だと思い込んで、公園の近くの幼稚園に通い、園児たちと遊んでいました

幼稚園の他にも、空を飛んで小学校や中学校、常盤海岸などに遠出し人気を集めた

■性格は優しく紳士的

人間の子供よりも体型ははるかに大きかったのですが、弱い者をいじめたり危害を加えることもなく、鳥仲間ばかりか人や人間の子供が好きでとてもやさしく接する

ときわ公園の動物の中でも一番やさしい性格。人間を完全に信じきっていて、子供が触っても、背中に乗っても、まったく気にしなかった

■子宝にも恵まれる

1989年(平成元年)5月15日明光幼稚園裏の県営住宅で、巣づくりをしたため、危険防止と繁殖の学習のため、仮切羽を施す

カッタ君は、幼稚園のガラスに映るわが姿を愛してしまい、せっせと幼稚園のそばで巣作りを始めてしまったそう

巣作りがわからず、落ちていた釘などを集めて巣を作ろうとしてケガをした

3羽の雌とペアを組み、7羽の子供と2羽の孫に恵まれた

■アニメーション映画まで製作

1995年には市民の募金により制作されたアニメ映画「カッタ君物語」が全国上映

作品の舞台である宇部市出身の西村知美がヒロイン役で出演、主題歌も歌っている

制作費1億円は全額市民の寄付によるもの

主人公の少年がカッタ君と幼稚園へ通園したり、一緒に遊んだりして、少年とペリカンが友情を育むが、戦争によって平和が壊れてしまいそうになり、二人の冒険の旅が始まるというストーリー

口からビームを吐いて戦車やミサイルを破壊する大活躍

■あのアイドルとの接点も!

山口県に住んでいる頃にペリカンのカッタくんと交流していた。地元ではカッタ君はアイドル的な存在で、常盤公園は家から近かったのでしょっちゅうカッタ君には会っていて、口の中に頭を入れて遊んだりしたことも

「小学校とかも、運動会とかでカッタ君が降りてくるんですよ、校庭に。で、一緒に運動会、ちょっと参加してもらったりとか」

「テニス部だったんですけど、中1のとき、で、テニスコートに降りてきてくれたときはもう超ラッキーですね。テニス中止なんですよ、もちろんできないから」

「で、ボールとかも食べるから、食べるっていうか口で、遊んだりとかするんで、先生も『じゃあ今日はカッタ君がいるから部活やめようね』って言ってくれてたので、もうカッタ君ぜひ来てっていう感じで」

■突然の死…

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