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吉行あぐりさん死去 NHK朝連ドラになったその人生とは

主演田中美里さんで放送された朝の連ドラ「あぐり」のモデルとなった吉行あぐりさんが亡くなりました(享年107歳)。ご冥福をお祈りします。彼女の人生について調べてみました。

更新日: 2018年05月24日

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吉行 あぐり(よしゆき あぐり、1907年(明治40年)7月10日 - 2015年(平成27年)1月5日)は、日本の美容師。

女優の吉行和子さんの母で、NHK連続テレビ小説「あぐり」のモデルになった美容師の吉行あぐり(よしゆき・あぐり)さんが、5日、肺炎のため死去した。

長女の和子さんは「107才まで元気に生きました。幾つもの時代幾つもの難事を乗り越えてきた、母は、呆あきれるくらい、楽天的で、頑固ものでした」とコメントを寄せた。

吉行 淳之介(よしゆき じゅんのすけ、1924年(大正13年)4月13日 - 1994年(平成6年)7月26日)は、日本の小説家。代表作に『驟雨』『砂の上の植物群』など。対談やエッセイの名手としても知られた。

吉行 和子(よしゆき かずこ、本名 同じ、1935年8月9日 - )は、東京府(現:東京都)出身の女優、エッセイスト、俳人。
父は作家の吉行エイスケ、母は美容師の吉行あぐり。兄は作家の吉行淳之介、妹は詩人の吉行理恵。

NHK朝の連ドラになったその人生とは

美容家の草分けとして活躍しながら、子育てに励んだ日々をつづった自叙伝「梅桃(ゆすらうめ)が実るとき」を発表。これを基にした自身がモデルのドラマ「あぐり」が1997年に放送され、話題を集めた。

吉行 エイスケ(よしゆき えいすけ、本名:栄助、1906年(明治39年)5月10日 - 1940年(昭和15年)7月8日)は、日本のダダイスト詩人、小説家。

「アメリカ帰りの洋髪美容師」山野千枝子さんの内弟子を経て、29年、東京市ヶ谷に美容室を開店なさいました。

山野 千枝子(やまの ちえこ、旧姓:三沢 、1895年 (明治28年) 3月11日 - 1970年 (昭和45年) 2月11日)は、日本の美容家。神奈川県横浜市出身。

戦後は1952年(昭和27年)に東京・五番町(市ヶ谷駅前)に吉行あぐり美容室を開店。

現在は閉鎖されています

著書で自伝「梅桃ゆすらうめが実るとき」を原作にした、NHK連続テレビ小説「あぐり」が1997年に放送され、ヒロインのモデルとして話題を呼んだ。

『あぐり』は、1997年度上半期(1997年4月7日 - 10月4日)に放送されたNHK『連続テレビ小説』の第56作。

90歳を過ぎても、馴染みの客に限定して美容師として仕事を続けていたが、2005年(平成17年)に閉店。

日本の美容師免許所持者の中では最高齢であった。

執筆活動にも精力的に取り組まれていた

「母・あぐりの淳への手紙」や「あぐり95年の奇跡」など多数の著書がある。

Twitterでも話題に

吉行あぐりさん、、大好きです。御冥福を御祈り致します(´;ω;`)

吉行あぐりさんが死去されたのですか、、、。彼女がモデルになった、朝の連ドラ「あぐり」は毎日録画して見るほど大好きでした。働く女性の先駆けとしても、憧れておりました。御冥福をお祈りします。

吉行あぐりさんが亡くなった。実は私の祖母も同じ名前で、とても親近感をもっていました。祖母を2度亡くしたような気がして悲しい。ご冥福をお祈りします。

吉行あぐりさん、お亡くなりになったんですね。ここ数年はNHKの朝ドラを見ているけど、以前は興味のある題材や俳優が出てる時しか見ていなかった。「あぐり」は見ていたなかのひとつ。野村萬斎を知ったのもこの番組。……そして今日は野村萬斎ポアロだ。

この方が死去って 春馬くんあぐりでデビューしたから 悲しいやろうなあ。 お悔やみ申し上げます。 pic.twitter.com/S2fZ8LaNn3

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