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【日本刀】妖刀村正伝説まとめ【呪い】

伝説は信じる方が面白い。

更新日: 2015年09月06日

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the_samuraiさん

徳川家に仇をなす「妖刀」として知られる「村正」如何にしてその妖刀伝説が流布したかをまとめました。

そもそも村正とは?

「村正」とは、室町時代から江戸初期にかけて伊勢国(三重県)桑名に存在した刀工集団の名称で、そこで製作された日本刀が「村正」と呼ばれ、実用性と切れ味に定評があったそうです。

伝説1【切れ味】

村正作の一振と正宗作の一振を川に突き立ててみたところ、上流から流れてきた葉っぱが、まるで吸い込まれるかの如く村正に近づき、刃に触れた瞬間真っ二つに切れた。一方正宗には、どんなに葉っぱが流れてきても決して近寄ることはなかったという。刀匠の年代が全く違うものの、この二振の違いを表す有名な逸話である。

吸い寄せるように斬る「飢えた刀」。真偽の程は置いといてまさしく【妖刀】です。

伝説2【徳川縁者を斬りまくる】

徳川家康の祖父・松平清康が殺害されたときの刀が村正
父・広忠が岩松八弥に襲われたときの刀も村正
嫡男・信康が死罪になり介錯に使われた刀も村正
妻・築山御前を小藪村で野中重政が殺害して斬った刀も村正
関ヶ原の戦いの際、家康が怪我をした槍も村正
大阪の陣において真田幸村が徳川本陣を急襲した際、家康に投げつけた短刀も村正

呪うかの如く徳川縁者を斬りまくる。まさしく【妖刀】です。

伝説3【家康だけでなく幕府も呪う】

慶安年間に由井正雪のクーデター計画が発覚した際、正雪が所持していたのも村正
幕末、西郷隆盛をはじめ倒幕派の志士の多くが佩刀していたのもまた村正

家康一代だけでなく江戸後期まで徳川に仇をなす。まさしく【妖刀】です。

伝説4【数値化できない切れ味】

戦前、東北大学の物理学教授で金属工学の第一人者として知られていた本多光太郎が、試料を引き切る時の摩擦から刃物の切味を数値化する測定器を造ってみたところ、 皆が面白がって古今の名刀を研究室に持ち込んだ。測定器の性能は概ね期待した通りだったが、なぜか村正だけが測定するたびに数値が揺れて一定しなかった。とある。

持つ者の心の闇によって切れ味を変える。まさしく【妖刀】です。

伝説5【他の刀とは違う痛み】

「村正を研いでいると裂手(刀身を握るための布)がザクザク斬れる」「研いでいる最中、他の刀だと斬れて血がでてから気がつくが、村正の場合、ピリッとした他にはない痛みが走る」と刀剣研磨師も言っています。

刀剣研磨師も怯える村正。まさしく【妖刀】です。

このように村正は不思議な力を持つ刀なのですが伝説を否定する根拠がいくつもあります。

■【実際は村正は桑名に存在した刀工集団だから三河出身の徳川家に縁(悪い意味で)がいろいろあ  るのも不思議じゃない。】

■【徳川一門のステータスだった村正を他家の者は恐れ多いとして村正の所有を遠慮するようになったことが次第に「忌避」に変じていき、徳川家に対立する者にとって村正の所有はステータスとなっていった。】

■【本多忠勝の蜻蛉切り、酒井忠次の愛刀も村正一派】

■【家康の形見として尾張徳川家に伝えられた村正が、徳川美術館で展示されている。】

などなど・・・

しかし伝説4と伝説5は比較的近代の話なので信じたいところです。

ちなみに国宝指定されている刀剣一覧の中に、村正は一振りもありません。

国宝指定されている刀剣一覧の中に、村正は一振りもありません。それは見てくれが悪いから。村正の刃には大きな波紋が波打ち、刃の両面の波紋が揃っていることが大きな特徴ですが、華やかで美しい正宗に対すると地味な印象は拭えません。見た目よりも実用性(人を斬る事)を追求したからかもしれません。つまるところ、村正の美しさは、千利休が言う所の”用の美”なのでしょうか。 村正が用を為す時は、それは人の血が流れる時ではあります・・・

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