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ボランティアに投じた私財は数十億円!杉良太郎さんは素晴らしい人すぎた

時代劇の隆盛期を作り上げた俳優の一人、と言っても過言ではない杉良太郎さん。「杉様」とファンの間では呼ばれ、主に中高年の女性から絶大な支持を得ています。そんな杉さんは、実は慈善活動にも積極的に取り組んでいます。

更新日: 2016年10月20日

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杉 良太郎(すぎ りょうたろう、1944年(昭和19年)8月14日 - )は、日本の歌手、俳優、財団法人日本・ベトナム文化友好協会理事長。法務省特別矯正監。外務省日本ベトナム特別大使。ベトナム社会主義共和国ベトナム日本特別大使、ハワイ州ホノルル市名誉市長、シンガポール日本文化協会名誉会長、麻薬追放協会会長などの肩書を持つ。

100万枚を超えるヒットとなった「すきま風」を持つ歌手であり、複数の時代劇に主演してきた。中高年女性層を中心に「杉様」の愛称とともに日本各地でディナーショーを主催している。

日本とベトナム社会主義共和国との親善にも20年間たずさわっている。ハノイ市等に教育施設(日本語学校等)の設置、無償援助に積極的関わりベトナム政府から特別友好大使を委託されている。1997年(平成8年)12月には、ベトナム社会主義共和国国家主席のチャン・ドゥック・ルオンより、友誼勲章(外国人に贈る最高位の勲章)を受賞した。また、ベトナム人の里子は81人に及ぶ。

チョコレートを上げたら、子供たちはそれを持って食べないでいるので、「おいしいから食べたらいいのに」というと、「(お菓子ではなく)お父さんやお母さんがほしい」といった。杉良太郎は耐えられなくて、外へ出て泣いた。しばらく泣いてから、「ボクが君たちの父親になる」と即座に4人を養子にしたという。

杉さんの慈善活動の中で、最も長く続けている活動が「刑務所への慰問活動」です。半世紀以上に渡って慰問活動をした功績が認められ、2008年には芸能人では初めてとなる緑綬褒章(慈善活動などで顕著な活動をした人に贈られる)を受賞、並びに法務大臣から特別矯正監を任命されました。慰問活動を通して、杉さんが見てきた刑務所内の様子や改善点などを、政府に意見として提出する事もしばしばあります。

2011年(平成23年)3月11日に発災した東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)を受けて、被災地への支援活動を開始。大量の救援物資を載せた車両12台を手配し、自ら炊き出しを行った。1995年の阪神・淡路大震災で実家が被災し、以降被災地への支援活動を継続的に行なっており、2004年の新潟県中越地震でも精力的な活動を行なっている。また地震で被災し全体の2/3が不通となっている三陸鉄道の復旧支援ヘッドマークのオーナー(名義としては個人事務所の杉友となる)となり、2011年9月28日よりマークをつけた列車の運行が開始されている

車両12台(20トントラック2台、タンクローリー車1台、冷蔵・冷凍車2台、車7台)に水2トン、男女下着類4000枚、歯みがきセット1万セット、入れ歯洗浄剤500個、クレベリン業務用セット2000セット、だるまストーブ21台、石油ストーブ8台、灯油・ガソリンなど。

個人の支援としては大規模過ぎて、ただただ驚くばかりなのですが、この他にも炊き出しでカレーライス5000食、豚汁5000食、野菜サラダ3000食などを提供しています。

2012年(平成24年)4月26日、福島第一原子力発電所事故で修復作業員の拠点となっている、福島県双葉郡のサッカー練習施設「Jヴィレッジ」を、妻で演歌歌手の伍代夏子と共に訪れ、激励コンサートを開いた。

2012年5月1日、日本財団により、伍代夏子、伊勢谷友介、EXILE、加藤登紀子、小林幸子、コロッケ、坂本龍一、サンドウィッチマン、中村雅俊、はるな愛とともに「被災地で活動した芸能人ベストサポート」に選出され、表彰されている。伍代夏子らとともに車両15台でカレー、サラダなど2万食の食事と入れ歯洗浄剤などの物資を届け、宮城県内の避難所を細かく廻り、また、岩手県の三陸鉄道や青森県津軽鉄道支援、福島県も何度も訪れるなど、様々な支援を続けた活動が評価された。

震災の時「売名行為では?」と尋ねられた杉良太郎の答え「ええ、売名行為ですよ、みなさんもおやりになるといい」に痺れる人が続出。

男・杉良太郎!インタビューで「偽善とか売名と言われることもあると思いますが…」と聞かれ、「ああ、偽善で売名ですよ。偽善のために今まで数十億を自腹で使ってきたんです。私のことをそういうふうにおっしゃる方々もぜひ自腹で数十億出して名前を売ったらいいですよ」と啖呵切る。

【杉良太郎さんの東日本大震災の被災地復興支援での言葉です】

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