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ahoida-01さん

さて、今どうしているのか。

「KFB福島放送で『なすびのギモン』って番組をやらせていただいてましてね。毎週土曜日、放射線量、拡散情報や除染状況をお知らせするんです。」

出身地の福島市に尽くす日々

「あとはボランティア。まだまだ手が足りない。それで通い続けてます」

「ボランティアは大震災直後から始めました。行く先々で被災した方が、“なすびクンが来てくれた”と喜んで下さった。」

「福島市出身のボクとしては、その笑顔に触れたら、ジッとしてられませんよ。以来、声がかかればどこへでも行き、何でもしてます」

願いはただひとつ、福島の復興。その思いが募り、大震災があった年の8月、四国八十八カ所を17日間かけて巡礼。

もちろん、このお遍路は“結願”した。

四国の次はエベレストに挑戦した。名づけて“エベチャレ”。

「福島の応援と震災記憶や被災支援の風化を防ぎたい。

そうした気持ちを8848メートルのテッペンから発信したかったんです。

準備に1年余り、国際山岳ガイドのサポートを受け、一昨年4月にアタックしました。」

でも、残り200メートルの地点で体力が限界に達し、下山せざるを得なかった。

悔しいので去年4月に再チャレンジしたんですが、ルート上に雪崩で遭難したご遺体があることがわかり、断念しました。

「エベチャレは多くの方のカンパで実現したのに、その人たちの期待に応えられず、申し訳なく思ってます」

バラエティーはもうコリゴリ

98年、「進ぬ!電波少年」のオーディションに合格。“懸賞生活”でブレークした。

「応募は20人。運だけが必要な企画と知らされ、クジ引きで当たりました。それから1年3カ月、目標額の100万円を目指し、アパートの一室に閉じこもり、ハガキを書きまくる生活を送ったわけです。1日300枚は書いてたでしょうね。結果、75キロあった体重は半減、精神的にもボロボロになった。」

お笑いじゃなく、もともと役者になりたかった

「『フーテンの寅』の渥美清さんの大ファンで、喜劇俳優が夢でしたから。で、ドラマや映画から声がかかった時は、正直、やったと思い、うれしかったですね。」

「去年10月にも『カサブタかきむしれっ』って芝居に出させてもらいました。福島が舞台。だけど、コメディーなんです。いや、楽しかったですねえ」

「12月は池袋の東京芸術劇場で、時代劇『花の下にて』に出ました。そうした舞台稽古の合間に福島に行く。どうです、けっこう忙しくしてて、『あの人は今』って感じじゃないでしょ、ハハハ」

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