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【密約】横田空域は”韓国”の安全保障のために設定されていた!

米軍によって横田空域が作られたのは朝鮮戦争の時だった!

更新日: 2015年04月28日

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日本の空なのに自由に飛べない”横田管制空域”

羽田を離着陸する航空機は大回りしている

関西や九州など西日本から羽田に向かう飛行機は、そのまま空港に一直線に着陸せず、グルッと千葉方面から回り込んで高度を下げる。羽田から西へ向かう場合も、わざわざ東京湾上を旋回してから向かう。「ずいぶん遠回りするなァ」と舌打ちする利用者は少なくないはずだ。

戦後70年、未だに”占領”されたままの日本の空

横田空域とは、東京・福生市にある米軍横田基地の上空を中心に広がる空域のことだ。戦後、連合軍が日本の空の管制権を掌握した後、日米地位協定に基づいてそのまま米軍が管理することになった。現在、米軍管理下の「横田管制」が空域を管理している。

「横田」という名で誤解しそうだがその管制空域は神奈川県や静岡県、北は新潟県まで1都8県にまたがる。そして最高高度は2万3000フィート(約7000メートル)もある、まさに「見えない空の壁」なのだ。

なぜ”飛行制限空域”があるの?

横田飛行場には朝鮮戦争における国連軍の後方司令部が存在しており、常勤の要員として軍人3名・軍属1名が配置されている。また、国連軍参加国のうち8ヶ国の在日大使館付駐在武官が参加する合同会議が3ヶ月に1回程度の割合で開かれており、事実上の駐日武官の連絡詰所となっている。飛行場には日章旗、星条旗の他に、国連旗が常時掲揚されている。
国連軍後方司令部は、朝鮮戦争の休戦成立後、1954年(昭和29年)に日本とアメリカ・イギリス・フランスなど10ヶ国が「国連軍地位協定」を結んだことが始まりで、現在でも朝鮮戦争が国際法上「休戦」中(戦争継続中)であることが設置の根拠となっている。かつてはキャンプ座間に設置されていたが、2007年(平成19年)11月2日に横田飛行場へ移転した。

つまり、朝鮮戦争はまだ続いており、横田基地はグアムなどからの物資輸送の基地となっている。

米軍によって横田空域が作られたのは朝鮮戦争の時だった

「米軍によって横田空域が作られたのは朝鮮戦争の時だった」(『日本防衛秘録』231頁,230頁)という段落である。こう書いてある。
    直線上に並ぶハワイの米空軍ヒッカム基地・厚木基地・横田基地からもっとも短時間で朝鮮半島に到着できるよう,日本上空に米空銀僣称の「回廊(コリドー)」を確保するためであった。それが現在に至るまで日本に返還されることなく,米軍がそのまま所有している

日本の民間機は飛べないの?

「事前にフライトプランという航行予定表を米軍の横田管制に提出して、許可されれば通過することは可能です。

 しかし、民間航空会社が定期便のルートにすることは現実的ではない。通過するたびに申請しなければならず、時によっては通れない可能性もある。横田空域を定期便のルートにすることは事実上、不可能なのです。だから各航空会社はこの空域を避けるルートを設定している」

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