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空中都市マチュピチュ、未だ解明されない謎の遺跡、太陽の動きに合わせ1年に4回起こる現象

絶壁に聳え立つインカ帝国の古代都市マチュピチュ1911年7月24日ハイラム・ビンガムによって発見された。文字や鉄、物を運ぶ車輪ももたなかったとされるインカ文明。誰が、何のために、この標高の高い山中に都市を築いたのか、正確な事は分かっていない、新・世界七不思議の1つに選ばれている、謎に満ちた遺跡。

更新日: 2015年01月15日

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--trip--さん

標高2,280mの山の頂上に造られており、大広場を中心に石組みの建造物が狭い石畳の道や階段で結ばれ、周囲は高さ5メ-トルほどの石積みの壁で囲まれています。

マチュピチュ山(標高2,940 m)は、現地語で"年老いた峰"という意味で、"若い峰"という意味のワイナピチュ山(標高2,690 m)との間に遺跡がある。

マチュピチュ遺跡の総面積は5平方km、その約半分の斜面には段々畑が広がり、西の市街区は神殿や宮殿、居住区などに分かれ、周囲は城壁で固められている。

インカ帝国を侵略したスペイン人は、あらゆるインカの建造物を略奪・破壊しようとしたため、今日当時の姿をとどめているインカの建物はほとんどない。

1911年7月24日 ハイラム・ビンガムによってマチュピチュが発見

1911年にアメリカ人歴史学者、ハイラム・ビンガム(Hiram Bingham)によって発見されるまで400年間も存続していた。

ビンガム氏は、その息を呑む光景を目にしたとき「信じがたい、夢のようだった」と回想している。

マチュピチュの歴史保護区として世界遺産に登録

世界遺産としての正式登録名は英語で「Historic Sanctuary of Machu Picchu」。
直訳すると「マチュピチュの歴史保護区」。
しかし、単に「マチュピチュ」とだけ表記することもある。

インカ帝国時代の遺跡の中では保存状態がきわめて良く、周辺の自然環境は優れた景観の中に絶滅危惧種・危急種をはじめとする重要な動物相・植物相を含んでいることから、複合遺産として登録された。

文化遺産と自然遺産、両面の価値を持つ世界遺産は「複合遺産」と呼ばれている。1007件ある世界遺産のうち、複合遺産はたった31件しか存在しない。

マチュピチュの映像をご覧下さい

マチュピチュをこの角度で見ると、何かに見えませんか?

答えは、そう、人の顔に見えませんか?!鼻の高い人!インディオ?眼窩のような窪みと固く結んだような口元も見えるでしょう?

マチュピチュ☆写真を縦にしてみる。…あれ!?なんだか顔に見えてきませんか!?静かに眠るインカ人の顔に☆

マチュピチュの見所

マチュピチュ遺跡内の最高所にある日時計。

インカ時代の公用語のケチュア語では、
「インティ」は「太陽」という意味。
「ワタナ」は「 結ぶ」、「つなぐ」という意味。

ワイナピチュとは、先住民の言葉で「若い峰」を意味する標高約2,720mの円錐形の山。
標高差・距離があり、マチュピチュを見下ろす事が出来る。

最も定番のマチュピチュ遺跡のビューポイント。
当時は、不審者や段々畑で働く人々を監視していた跡といわれている。

急斜面に位置したマチュピチュの頂上には、太陽の神殿があり、頂上にはインティワタナが設置されている。

太陽の神殿は東側の壁が2つ作られていて、左の窓から日が差し込む時は冬至、右の窓から日が差し込む時は夏至と区別できる構造になっている。

太陽の神殿の下に、精緻に加工された横穴があり、ここは王族のミイラの安置所だったと言われている。

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