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年月が人を変える・・色々あったカズと岡田監督のこれまでと今

外れるのはカズ・・三浦カズ。当時その発表を聞いたとき複雑な思いを抱いたファンも多いことでしょう。しかしこの日フレンドリーマッチで見せたカズと岡田監督のやりとりはどこかさわやかで茶目っ気に溢れていて年月の移り変わりを感じさせました。2人のプロフェッショナルのこれまでと今をまとめます。

更新日: 2018年07月16日

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anpeppeさん

あの日、日本に激震が走った・・

日本のサッカーシーンを語る上で忘れられないシーンの1つです。

岡田監督は25人を帯同した直前のスイス合宿でW杯最終登録22人を発表。落選の3人を「外れるのは市川、カズ、三浦カズ、北沢」と読み上げた。カズの落選には賛否が巻き起こり、カズと北沢はW杯には同行せず帰国した。

プライドを持ってね、誇りを持って日本代表でやってきたんで。あのーどんな気持ちというか。それはまあ自分自身絶対納得してはいけないことでもあるし、えー魂みたいなのは向こうにおいてきたと思っているんで

W杯メンバーから外れてのカズのコメント。長年日本サッカーに貢献してきた選手だけに重みのある言葉です。

あれから十数年が経って今

阪神大震災から20年となった17日、兵庫県神戸市のノエビアスタジアム神戸でサッカーの慈善試合が行われ、J1神戸に在籍した歴代選手で構成された「KOBE DREAMS」と、日本代表経験のある現役選手やOBによる「JAPAN STARS」が対戦した。

後半開始とともに、元日本代表監督で、「JAPAN STARS」を監督として率いる岡田武史氏(58)が年齢と同じ「背番号58」をつけてピッチへサプライズ登場。

すると、笑顔のカズはすかさず逆サイドにいた岡田氏に走り寄って接近し、軽めのスライディングタックルを仕掛けるなど持ち前の茶目っ気を発揮。それをスルリとかわした岡田氏が笑顔で後ろからカズを羽交いじめにするなど、微笑ましいシーンも披露した。過去には色々あった両者だが、年月を感じる仲睦まじい姿に場内は沸いた。

カズは、試合出場直前に「岡田さんは『俺のチームに投資しないか?』と言ってましたよ」と舞台裏の様子を暴露。

あの日から色々あった2人

大きなプレッシャーを受け続けた岡田監督

カズを外した監督という烙印と何故か初出場に関わらず楽観的な国内の雰囲気にやりにくい部分が多々あったことでしょう。

カズ落選が決まった途端に、「カズが可哀相」などという感情論による岡田バッシングが始まった。

しかし、フランス大会ではアルゼンチン、クロアチア、ジャマイカに対して3戦全敗。盛り上がった世間からの岡田への信頼は、「経験不足の監督」として手のひらを返すようにひどいバッシングへと姿を変える。「人間不信に陥るほど」と、岡田は当時のバッシングのすさまじさを語っている。

考えて走るをテーマに挙げ世界に通用する日本のサッカーを体現しつつあったオシムJAPAN。オシムの急病により代役を引き受けることになったがババを引いたといって差し支えない役回りだったといえる。

2007年12月から体調不良のイビチャ・オシムに代わり、二度目の日本代表監督に就任した。

岡田は、W杯南アフリカ大会での目標を「ベスト4」に掲げた。これまで日本が出場したフランス大会、日韓大会、ドイツ大会で、日本代表の最高位はベスト16。その目標は大風呂敷だった。

もうオカダではだめだよ。交代以外に方法はない。選手とか、戦術の変更でなんとかなる時期は、終わっています。

ここでも中国独自の文化に悩まされたといいます。

岡田氏は中国サッカーの課題に触れ、運転免許の試験を受けるため、選手が試合前の練習を休みたいと申し出た例などを挙げて、「プロ意識が欠如している」と指摘した。

チームにも選手にも不行き届きな点が多かったと指摘。就任当初、選手は時間にルーズで、ピッチに集合しても笛を鳴らさなければ練習を開始せず、練習を始めても義務的にやっている様子だったとし、練習に喜びが感じられなければ大きく成長することは難しいと話した。

彼は中国サッカーの若い世代の育成にも力を注いだ。中国サッカーにとって一番重要な課題に取り組んだ彼は称賛すべき監督だ

岡田監督の中国挑戦とその過程はかなり好意的にとらえられていたようです。

ひたすらプロフェッショナルとしての道を歩むカズ

若手の多かった当時の京都では生きた教本として多くの選手に影響を与えました。

若手に多くの好影響を与え、在籍時にJリーグ通算100得点達成を成し遂げ、京都に馴染もうとしたカズは今でもサポーターに愛されている。

「ブラジルでは貧しくて、ブラジル人なのに一生スタジアムに来れない人が沢山いるんだ。ブラジル人にとっては悲劇だよ」「智星わかるかい?ブラジルで俺は試合前に必ずスタジアム全体を見る、この中でいったい何人の人達が一生に一回だけの試合を見にきたんだろうと思うんだ」

世界的選手になったパクチソンの語ったカズの名言。こちらは一部だけなので是非全文を読んでみてほしいです。

エスポラーダ北海道の一員として短期間ですが活躍。フットサルのW杯メンバーにも選ばれ、フットサルへの世間の興味を飛躍的に高めました。

練習でも試合でも、チームメイトにアドバイスを求め続けた。合宿中はコーチの部屋に通い詰め、映像を見て動き方を確認した。コーチとの個人ミーティングが、W杯期間中も繰り返された。ミゲル・ロドリゴ監督が驚くほどのスピードで、カズはフットサル選手としての血を濃くしていった。

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