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実在した!映画『ジョーカー・ゲーム』のスパイ機関が調べてみたらスゴかった!

亀梨和也主演で映画にもなった『ジョーカー・ゲーム』。その中に出てくるD機関のモデルとなった「陸軍中野学校」をご存知ですか?日本に実在したスパイ学校の驚きの真実をまとめました。

更新日: 2017年08月10日

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lovely_luluさん

亀梨和也主演の映画『ジョーカー・ゲーム』。その原作小説「ジョーカー・ゲーム」のモデルとなったのが、かつて実在した日本陸軍のスパイ養成学校「陸軍中野学校」。

陸軍中野学校とは…

諜報・謀略(スパイ活動)ができる人材を育てるため昭和13年に設立された。

敗戦までの7年間で2千余名の卒業生を輩出したが、活動の全ぼうは不明。

Googleよりも難しい!? 陸軍中野学校の採用試験

採用資格は下士官、一般兵士、それに予備士官学校の卒業生の中から特異な才能をもつ人たちが選抜され、士官学校出身者は除外された。
その理由は、軍人精神を叩き込まれた軍人は、民間に潜り込んだ際バレる可能性が高いから。

採用試験は難易度MAXのかなり変わったものだったらしい。

事前調査で採用基準を満たしている者に、上官からある日「中野学校」に行くよう指示される。

わけも分からないままいくと、そこには面接官らしき人物が…。
そして突如こう切り出される…

面接官「ときに君、女は好きか?」
受験生「嫌いではありません。」
面接官「女に惚れたらすぐに抱きたくなるか?抱くときは裸になるかね?」
受験生「女の事は全て相手次第です。」
面接官「もし女が裏切ったらどういう方法で復讐するか」
受験生「その場になってみないとわかりません。」

…と、ただの世間話かと思っていると、突然机に世界地図をバッと広げて…

面接官「ティモール島はどこにある?」
受験生「……。いえ、この地図にはティモール島が書いてありません。」
面接官「(この)地図の下、机の上には何と何があった?」
受験生「………。軍帽、カバン、万年筆、湯呑み茶碗、タバコ…」
面接官「タバコ(の銘柄)は何だ?」
受験生「チェリーです。」
面接官「灰皿の中には?」
受験生「吸殻が2本ありました。」

面接官「よろしい、では一度にいくつかの質問をするからまとめて答えろ。いいかね?」
面接官「①一晩にどのくらいの金が使えるか? ②キリスト教と仏教の違う点を5つ挙げよ。 ③共産主義の長所と欠点は何か? ④今この場で腹が斬れるか?」

《映画「陸軍教官中野学校」より》

このような試験が“実際”に行われていた。ほかにも…

「(ここに来るまでに)上ってきた階段は何段あったか?」
「黒地の紙に墨で字が書いてある。どうすれば判読できるか?」
「野原に大小便がたれ流してある。それを見て女のものか男のものか、判断するにはどんな注意が必要か?」

など、記憶力、観察力、洞察力を試される質問が次々出されるという。

ある工場の前を通った。煙突から黒煙や黄色い煙があがっていた。
「工場の使用燃料は何か?」「何を生産し、その数量は?」「従業員数は何人か?」教官から矢継ぎ早に質問がとぶ。(中略)メモは一切禁止されていた。

難問をクリアし、入学した精鋭たち。中野学校に入学した後は…

出典ameblo.jp

「諜報」、「謀略」、「防諜」、「宣伝」などのカリキュラムが教えられた。

講義と言ってもその内容がすごい!

武道、射撃、暗号解読、飛行機操縦、車の運転、モールス通信、外国語、職業訓練、暗殺術、信書開封術等の他にも、拷問訓練、手品の名人による毒盛りのテクニック、金庫破りの名人によるダイヤル式金庫の開錠テクニック、社交ダンス、更には性技まで、思いつく限りのありとあらゆる専門訓練が行われた

性技って…

当時としてはありえない、自由な校風

学生は軍服を着用せず、普段から平服姿に長髪でいる事が推奨されていた。そのため、里帰り時には親から軍人にあるまじき姿を叱責され、スパイとして教育を受けている以上は親にも理由を明かせず、言い訳もできず苦労したと言われる。

すまん。カーチャン…

中野学校の職員及び学生は、軍服を着用することは認められず、それどころか本名を捨てさせられ、偽名(防諜名)を名乗ることとなった。

タブーなし!英語の使用や天皇制の是非まで

他の陸軍内部の教育機関と異なって自由であり、天皇の名がでても冷めたポーズをとるとか、ときには反天皇の言動をとるよう要求されたりもしたのである。

校風は当時では考えられないほど自由奔放で、(中略)むしろ「天皇のために死なず」という気風すらあった。自分たちが命を捧げる対象は、天皇でもなく、政府、軍部でもなく、日本民族である。

そして教えられる“非常識な哲学”

生きて虜囚の辱めを受けてもなお生き残り、二重スパイとなって敵を撹乱するなど、あくまでも任務を遂行すべきよう教育された。

「辱めを受ける前に自ら死を選べ」という当時の常識とは真逆の哲学

卒業後は世界各地で人知れず活躍。その“志”にグッとくる…

「功は語らず、語られず」それが諜報活動をするものの鉄則で、中野学校が「地位も、金も、名誉もいらぬ。国と国民の捨て石となって野末に果てる」精神を涵養した。

商人や商社員に化けて謀略活動を行い、そのまま戦地で死亡して民間人扱いになっている者とて少なくない

誰にも知られず、世界で散った人が、どれほどいたのだろう…

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