彼等は、政府のその方針を受け入れなかった。自衛隊が撤退する以外に手段がないかのように訴え続けた。「考えられる手段は全て取って欲しい」と言いながら、米特殊部隊の協力は拒絶し続けた。彼等はどう見ても手段を選り好みしていた。撤退は有り得ないとする政府と、撤退以外に有り得ないとする人質家族。より狭量なのは人質家族の方であり、その意味で人質家族は政府を批判できる立場にない。

出典イラク3邦人人質事件

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今あえて思い出して考えたいイラク日本人人質事件まとめ

10年以上前のことですが、覚えている人も多いかと思います。当時自己責任論が強く上がっていましたが、今回はそれを諌める報道が多く感じました。その理由は当日のことを改めて今紐解くことでわかるかもしれません。いかに今回の被害者とイラクでの「被害者」が似て非なるものかわかっていただけると思います。

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