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yuri100さん

まずエリックシュールストロムとは?

現在、12球団きっての名スカウトと評されるのが、広島のエリック・シュールストロムさん(43)だ。

アラメダ高校からフレスノ州立大学を経て、ボルティモア・オリオールズに入団。
その後ミネソタ・ツインズを経て1998年、日本ハム・ファイターズに入団。
入団1年目からクローザーとして投げ、快進撃に貢献。しかし1999年、右肩を故障。
同年、退団しリハビリに専念。
2001年、広島東洋カープに移籍。しかし、故障が再発し満足した成績は得られず。
2002年、広島東洋カープの駐米スカウトに就任。
アンディ・シーツ、ジョン・ベイル、トム・デイビー、グレッグ・ラロッカなど数多くの優良助っ人をスカウトしている。

獲得した選手

シーズン打率.313、本塁打25本など好成績を記録

元々は守備力を期待されて入団したが、打撃でも好成績を残し、シーズン中盤からは4番に座った。

2004年に広島東洋カープに入団。シーズン開幕より先発ローテーションを支え、11勝を挙げた。
2005年には奪三振率の高さを買われ、抑えに転向して活躍。
2006年も開幕直後は守護神として活躍していたが、5月13日の対千葉ロッテマリーンズ戦で大塚明への5球目を投じた時に雨で足を滑らせ左足内転筋を負傷した(代わった林昌樹が福浦和也にサヨナラ安打を打たれ敗戦。根元俊一の項参照)。そのため、永川勝浩が代わりに守護神を務めることになった。怪我からの復帰後は先発に戻り、まずまずの成績を残すも、長期離脱と高年俸100万ドルがネックとなり10月18日に戦力外通告を受ける。

2004年、広島東洋カープに入団。内野ならどこでも守れる中距離ヒッターという触れ込みで、推定年俸2700万円と格安だったため開幕前はあまり注目されていなかった。しかしシーズンが始まると嶋重宣と共に高打率を維持し、前半戦だけで26本塁打を打った。前半は3番・二塁だったが、7月から4番・一塁に定着。後半もペースを落とさず、打率3割40本塁打100打点の大台に到達し、打撃3部門全てでリーグ5位に入った。打率.328はチームメイトの嶋に次いでリーグ2位、最高出塁率のタイトルを獲得。変化球も苦にしないバッティングで66三振と三振はかなり少なく、チームトップの11盗塁を記録した。
2005年は、序盤から4番に座り、高打率を維持していたが、守備時に打球を手に当てて指を骨折するなど度重なる故障に泣き、結果的には打率.303、18本塁打、56打点で80試合の出場にとどまった。11月18日にトム・デイビー、ケニー・レイボーンと共に戦力外通告を受け、東京ヤクルトスワローズに移籍した。

2008年、オープン戦で「モーションの静止が短い」と言う理由でボークを取られる場面が何度もあり、初登板の中日ドラゴンズ戦では、4イニングで3ボークを記録。しかしその後ボークを取られることはなく、5月には6試合に登板し、4勝1敗で防御率1.60、WHIP0.82の好成績で月間MVPに選ばれた。6月15日の埼玉西武ライオンズ戦でリーグトップの10勝目をマークし、オールスターゲームの選手間投票で選出されるが、前半戦のみで規定投球回数直前まで投げぬく活躍により体の疲労、肘の炎症などを併発し7月中旬にチームを離脱。選手間投票で選出されたオールスターで先発投手が予定されていたこともあり「名誉なこと。1イニングでも投げたい」と出場を熱望していたが、オールスターゲームを辞退となった。8月20日にようやく先発ローテーションに復帰した。最終的にチームトップの15勝、リーグ2位の防御率2.680、同1位のWHIP1.00を記録した。

なお、最優秀防御率の石川雅規とは、わずか0.003差で、最終登板試合で打ち込まれるまでは2.3台だった。また、最多奪三振のタイトルを獲得し、前年ドジャースに移籍した黒田博樹に代わる先発投手陣の大黒柱として大活躍した。26試合の先発登板中、5回を持たずに降板した試合がわずか2試合。チーム随一の安定感であり中4日での登板もいとわず勝利を重ねた。ちなみに与四球27は規定投球回に達した投手では両リーグ通じて最少である。来日1年目からファンの信頼も厚く、「神様、仏様、ルイス様」と呼ばれた。

2011年はクローザーとして起用され、オールスター明けまでリーグトップの22セーブを記録する活躍をみせた。7月30日の中日ドラゴンズ戦で外国人投手球団最多記録更新となる25セーブ目を挙げた。しかし9月27日の中日ドラゴンズ戦で腹部に痛みを感じ1回1失点でマウンドを降り敗戦投手となり、その後鼠径ヘルニアと診断され登録抹消、そのままシーズンを終えた。最終的には57試合に登板し1勝3敗35セーブ、防御率1.34、WHIP0.92という好成績を挙げた。
2012年は序盤からクローザーとして起用されたものの打ち込まれる機会が増え、この年入団したキャム・ミコライオと入れ替わりでセットアッパーにまわった。同年オフ、保留選手名簿から外れ、自由契約公示された。

2011年4月14日の阪神タイガース戦で8回を無失点で初登板初勝利すると、3試合目の登板となった4月29日の中日ドラゴンズ戦では7回まで無安打に抑え、2安打完封勝利を挙げる。さらに5月5日の横浜ベイスターズ戦では7回を1失点に抑え、球団史上初の開幕4連勝を達成。5月13日の読売ジャイアンツ戦で黒星を喫し、開幕5連勝はならなかったが、4月はリーグ最多の3勝0敗、防御率1.96、同じくリーグトップのWHIP0.87の成績を残し、5月10日にはセ・リーグの4月月間MVPを受賞した。 最終的にチームトップとなる13勝を挙げ、200イニングをクリアしQS率は80% 防御率2.42と好成績を残した。

2012年序盤はセットアッパーを務めたがデニス・サファテの不調によりクローザーにまわり、21セーブをあげた。
2013年クローザーに定着し、27セーブを挙げた。
2014年シーズン途中と終盤、チームを離脱しながら25セーブを挙げる

--ところで、日本向きの外国人選手を見分けるコツは?

 「打者の場合はスプレー(左右どの方向にも打ち分ける)ヒッターであること。投手の場合は制球はそこそこでいいから、長身でスピードのある投手を探すようにしている。日本のストライクゾーンは米国より広いと感じている。特に高めがね。だから制球にはそれほどこだわらない」

広島は28日、マツダスタジアムで同駐米スカウトが獲得に携わったクリス・ジョンソン投手(30=ツインズ)、マイク・ザガースキー投手(32=ブルージェイズ3A)、ヘスス・グスマン内野手(30=アストロズ)の入団会見を行った。この3人が大当たりなら再びヘッドハンティングの危機に直面する可能性もあるが「広島出身の日本人女性と結婚して広島に愛着があるようで、そういう意味でも安心できる」とチーム関係者。優良助っ人を安定供給してくれる「シュール便」への信頼は厚い。

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