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お笑い芸人の芸歴順に並べてみました。誰と誰が同期/年齢/出身地は?クイズ付

Wikipediaの活動時期を基準に芸歴順に並べてみました。NSC出身芸人は入学年を基準にしています。芸人になるきっかけは?生年月日、出身地を公開 ※2015年R-1王者じゅんいちダビッドソンの芸歴はなんと18年!!8.6秒バズーカーは売れるのが早すぎww※随時更新中。

更新日: 2015年06月30日

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mrguchiguchiさん

芸歴クイズ

※芸歴クイズの正解は、最終ページを参照ください。

■Q1.
2015年2月11日人気番組『ナカイの窓』ゲストMCスペシャル(山里ドッキリ)が放送されましたが、さて、ゲストMC陣の陣内、山里、若林、綾部、柴田、向井を芸歴順で並べると?
(ちなみに上記は、番組内で放送されたコメントテロップ回数ランキング順です。)

■Q2.
お笑BIG3と言えば、ビートたけし、さんま、タモリ。
年齢順に並べると、タモリ(1945年生)>たけし(1947年生)>さんま(1955年生)の順ですが、芸歴で並べると?

芸歴順に並べてみましたwww

■■■60年代■■■

1963
西川きよし
1964
萩本欽一
1968
間寛平
1969
西川のりお

活動時期1963年 -
事務所よしもとクリエイティブ・エージェンシー

西川きよし 1946年7月2日 高知

活動時期 1964年 -
事務所 浅井企画、佐藤企画、萩本企画

萩本欽一 1941年5月7日 東京

出典ameblo.jp

活動時期1968年 -
事務所よしもとクリエイティブ・エージェンシー

間寛平 1949年7月20日 高知

1968年 - 高校卒業後、石原裕次郎に憧れ上京。歌手目指すが、挫折。
1969年 - ラジオ公開収録で岡八朗と知り合い、千日劇場に出入り。千日劇場の閉鎖後、トップホットシアターを紹介され、最初鳳啓助に弟子入り志願断られ、すっとんトリオに弟子入り。新世界のジャンジャン横丁の温泉劇場に入り、幕間コントに出演して修行を積む。
1970年 - 喫茶店アルバイトで店主の紹介により吉本興業に移籍、吉本新喜劇の研究生になり花紀京の付き人になる。同期に桂文珍らがいる。(Wikipedia)

■■■70年代■■■

1970
島田洋七

1972
志村けん、ビートたけし、笑福亭鶴瓶、宮川大助、

1973
片岡鶴太郎、

1974
明石家さんま、島田紳助、関根勤、オール巨人、宮川 花子、
桂小枝

1975
タモリ、桜金造、オール阪神、あご勇、大平サブロー

1976
九十九一、太平サブロー

1977
所ジョージ、高田純次、村上ショージ、小堺一機

1978
島崎俊郎、ラサール石井、渡辺正行

1979
大竹まこと、斉木しげる、きたろう、未知やすえ

■1972年

活動時期1972年 -
事務所イザワオフィス

志村けん 1950年2月20日 東京

1972年、22歳の時に井山淳とお笑いコンビ・マックボンボンを結成し、芸能界デビュー。


※志村けんさんの場合、1968年、高校卒業間際にザ・ドリフターズの付き人になっているが、ここでは、1972年とさせていただきます。

活動時期1972年 -
事務所オフィス北野

北野武 1947年1月18日 東京

1972年夏、浅草のストリップ劇場・浅草フランス座で、芸人見習い志願としてエレベーターボーイを始める。

活動時期1972年 -
事務所デンナーシステムズ、松竹芸能

笑福亭鶴瓶1951年12月23日 大阪

1972年2月14日、6代目笑福亭松鶴の11番弟子として入門、「鶴瓶」の名を与えられる。

■1973年

活動時期1973年 -
事務所太田プロダクション

片岡鶴太郎 1954年12月21日 東京

高校卒業後、俳優を目指し、清川虹子の自宅へ何のあてもないままいきなり訪問し弟子入りを志願したが清川には会えず、清川の付き人から「男の付き人は採らない」と断られ、最後には警察を呼ぶと言われ断念。粘れば弟子入りを許してもらえるだろうと思っていた目論見が崩れてしまった鶴太郎は、生活の為しばらく土木作業員などの仕事を経験した後、1973年に声帯模写の片岡鶴八に弟子入りし、声帯模写で東宝名人会や浅草松竹演芸場などの舞台に出演するようになる(wikipedia)

■1974年

出典ameblo.jp

活動時期1974年 -
事務所吉本興業東京本社


明石家さんま 1955年7月1日 奈良

主な同期
関根勤
島田紳助
オール阪神・巨人
桂小枝

活動時期1974年 -
事務所浅井企画

関根勤 1953年8月21日 東京

1974年、大学在学中に出演したTBS『ぎんざNOW!』の「素人コメディアン道場」で5連続勝ち抜き、週初代チャンピオンとなる。その時の審査員の一人であった浅井企画社長・浅井良二に見出され、芸能界デビューを果たす。(Wikipedia)

■1975年

活動時期1975年 -
事務所田辺エージェンシー

森田 一義 1945年8月22日 福岡

1975年、社長・山下洋輔を常務とするマネジメント事務所「オフィス・ゴスミダ」(「ゴスミダ」はタモリによる韓国語モノマネの一フレーズ)が設立され、所属タレントとなる。オフィス・ゴスミダのマネジメントにより、バラエティ番組『マンガ大行進 赤塚不二夫ショー』(1975年8月30日放送、NET)で、テレビ番組初出演をした。

■1977年

出典ameblo.jp

活動期間1977年 -

所ジョージ 1955年1月26日 埼玉

1977年7月25日に『ギャンブル狂想曲/組曲 冬の情景』で、シンガーソングライターとしてデビュー。

■■■80年代■■■

1980
とんねるず、そのまんま東、コロッケ、北野誠

1981
大森うたえもん、ガダルカナル・タカ、つまみ枝豆、ラッシャー板前、松尾伴内、
笑福亭笑瓶、ジミー大西、越前屋俵太、

1982
ダウンタウン、ハイヒール、トミーズ、内場勝則、グレート義太夫、
井手らっきょ、

1983
石塚英彦(ホンジャマカ)、吉田ヒロ、太平かつみ(かつみ・さゆり)、
野沢直子、清水ミチコ

1984
久本雅美、清水圭、森脇健児

1985
ダチョウ倶楽部、ウッチャンナンチャン、出川哲朗、今田耕司、東野幸治、
130R、中山秀征、春一番、

1986
木村祐一、辻本茂雄、名倉潤(ネプチューン)、ヒロミ

1987
恵俊彰(ホンジャマカ)

1988
山崎邦正、爆笑問題、雨上がり決死隊、さまぁ~ず、島田珠代、
山田花子、松村邦洋、江頭2:50、デンジャラス、東MAX、勝俣州和、

1989
千原兄弟、FUJIWARA、バッファロー吾郎、なだぎ武、加藤浩次

1990
ナインティナイン、よゐこ、TKO、宮川大輔、
日村勇紀(バナナマン)、博多華丸・大吉、竹山隆範、
ほっしゃん。、矢野・兵動、

■1980年

結成年1980年
活動時期1980年 -
事務所アライバル

石橋貴明 1961年10月22日 東京
木梨憲武 1962年3月9日 東京

■1981年

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