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【疑問】何故フランスがファッショントレンドの発信源なのか?

ファッションといえばパリコレ!しかしパリコレなど何故フランスがファッションの中心地なのでしょう?パリコレがファッショントレンドの発信地なのかまとめてみました。

更新日: 2018年12月05日

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ファッションといえばパリコレ!しかしパリコレなど何故フランスがファッションの中心地なのでしょう?パリコレがファッショントレンドの発信地なのかまとめてみました。

plutocharonさん

ファッションと言えばパリコレ!!

今日では、パリは東京・ロンドン・ミラノ・ニューヨークと並び世界のファッションの中心地の1つと考えられており、多くの一流メゾンの発祥もしくは本拠地となっている。

なぜフランスが中心地なの?

流行というのは地域や時代によって常に移り変わっていくものであるが、その「流行」の発信地として、フランスのパリが世界の中で広く知られている。

ココ・シャネル、クリスチャン・ディオール、ルイ・ヴィトン、エルメス、イヴ・サン=ローラン、など数多くの世界のトップデザイナーとメゾンがフランス出身であった。

きっかけはルイ十四世!?

フランスとファッションとの結び付きは17世紀、ルイ14世の治世の頃に遡る。

ルイ14世は絶対王政を築き、その権力を派手な服装で誇示しようとした。そのため、レース工業や織物産業がフランスにおけるファッション産業の基礎を作り上げたのである。

ファッション産業が発展

19世紀に入るとフランスの主要な産業であった仕立業や手工業が目覚ましく発展し、外国人労働者も増え、貿易も盛んに行われた。貴族やブルジョワの層を顧客としていたパリの仕立業は、海外市場を開拓したことによって功績を上げ、産業を支えた。

ポール・ポワレとシャネルの改革

ポール・ポワレは中世に見られた豪華絢爛な服や窮屈なコルセットを一変し、機能的なデザインが求められる衣服の近代化に大きな影響をもたらした。

ココ・シャネルは伸縮性のある素材で作ったスーツやパンツスタイルを提案し、女性の活動範囲を広げた。これらは新たなファッションとして女性の間で流行し、ライフスタイルまでも変えていった。

ポワレが女性をコルセットから解放し、シャネルが新しい布を使ったことで、女性のファッションが急激に変化することになったのです。

ディオールの「ニュールック」で巻き返し

優しい方の線、細いウエスト、すそ広がりのスカートといった女性的でエレガントなシルエットが特徴。モードの中に女性らしさを蘇らせたということで当時としては画期的。

1947年S/Sコレクションでクリスチャン・ディオールが独立後初めてのコレクションとして発表した新しいシルエットは、世界的なセンセーションを巻き起こしました。「ニュールック」です。

ディオールの「ニュールック」は女性の服装に革命を起こし、また、二次大戦後のパリを再度ファッションの中心地として復興させた。

そもそもパリコレってなに?

パリ・コレクションとは年2回、フランスのパリで開かれる服飾ブランドの新作発表会である。

パリ・コレクションは世界的にも一番に規模が大きく、その年の服飾の流行が左右されるため注目度は非常に高い。

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