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【刀剣乱舞】合戦場・遠征にまつわるちょっと怖い話~維新の記憶編~

刀剣乱舞(とうらぶ)の「維新の記憶」の合戦場と遠征にまつわる史実をまとめました。

更新日: 2015年03月25日

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yakomoeさん

▼維新の記憶

『維新の記憶』は、全ステージ通して、幕末(1868~1869年)に勃発した新政府軍VS旧幕府側の戦い「戊辰戦争」を題材としている。

戊辰戦争は全国各地で25~30戦ほど行われているが、刀剣乱舞ではそのうち6戦が合戦場・遠征として登場する。

【1】合戦場「鳥羽」

鳥羽(京都)は戊辰戦争の緒戦となった「鳥羽・伏見の戦い」が勃発した地である。この戦いには、旧幕府勢として新撰組が参加していた。

銃砲を持つ新政府軍に、新撰組は日本刀を振りかざして襲い掛かったという。しかし圧倒的な力を持つ銃砲器の前に、旧幕府勢および新撰組は敗北した。

この合戦場に出てくる敵は「新選組防衛隊」。新撰組を守ることで歴史改変を行おうとしている。

なお「鳥羽・伏見の戦い」は遠征でも登場する。

【2】遠征「世直し一揆」

戊辰戦争が起こった直後から、各地で世直し一揆が発生した。

これは戊辰戦争に伴う徴兵や、重税に反対した農民らが起こしたものである。

1868年の1~4月にかけて関東地方で、5~9月にかけて東北地方で大規模な一揆が発生している。

遠征ではこの世直し一揆を鎮静している。

【3】遠征「甲州勝沼の戦い」

「甲州勝沼の戦い」は、1868年3月に甲州(山梨県)で起こった、戊辰戦争の3番目の戦いである。

新撰組は「甲陽鎮撫隊」と名を改めて参戦した。
このとき土方歳三と沖田総司は不参加だったという。

画像は旧新撰組局長・近藤勇が兵を率いて戦っている様子を描いたものである。

この戦いでも新政府軍が勝利し、甲陽鎮撫隊は敗走することとなった。

遠征には「江戸へ向けて進軍しよう」とある。これは実際の新政府軍と同じ動きである。

したがってこの遠征は、新政府軍に同行・あるいは合流して、新撰組を含む旧幕府側勢を倒すことを目的としている。

【4】合戦場「宇都宮」

宇都宮は、上の甲州勝沼の戦いの約2ヶ月後に「宇都宮城の戦い」が起こった場所である。

このとき近藤勇は新政府軍に捕られており、旧幕府側の別動隊を土方歳三が率いた。

一時は形勢有利だった旧幕府側だったが、新政府軍の砲撃や銃器の前に破れ敗北。

近藤勇はこのあと斬首刑となり、晒し首にされた。

なお、このステージに登場する敵は「新政府軍撃滅部隊」であり、土方歳三率いる旧幕府側を守ろうとしている。

【5】遠征「白河戦線」

「白河戦線」(別名:白河口の戦い)は、要所・白河城(福島)を巡って1868年6~8月にかけて起こった戦いである。後述する「会津戦争」の序盤に位置づけられている。

この戦いでは、東北の藩を中心とした旧幕府側連合が新政府軍と戦ったが、新政府軍の圧勝となった。

このとき土方歳三は負傷のため戦線離脱しており、旧新撰組三番隊隊長・斎藤一が参加していたという。

この遠征では「白河城へ向かえ!」とある。これは新政府軍の白河城攻略に助力し、篭城している会津藩を撤退させることを目的とする。

11代・12代の和泉守兼定は会津藩のおかかえ刀工であったため、この遠征に和泉守兼定を加えるのは、なかなかの鬼の所業である。

【6】合戦場「会津」

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