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二条城、金閣寺、清水寺… 京都・修学旅行定番名所プチ情報・雑学ネタ

京都への修学旅行で定番の名所に関する雑学ネタです。修学旅行の前に見ておくと、感慨深いかも!?

更新日: 2017年05月17日

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二条城は東に3度傾いている!

二条城といえば、修学旅行先の定番ですね。
世界遺産に登録されている、とっても美しいお城です。

徳川家康の将軍宣下に伴う賀儀と、徳川慶喜の大政奉還が行われ、
江戸幕府の始まりと終焉の場所でもあります。

そんな二条城ですが、地図で見てみると、何やら傾いてみえる?

碁盤の目と言われる京都の道路に対して、
ちょっと東に傾いているように見えますね。

(原因は、)
宣教師によって日本にもたらされた
方位磁石を普請(ふしん)の際に用いたためのとの説がある

…という説があるそうです。

とはいえ、今の京都での磁北は西に7度傾いているんですね。
なぜ東に3度なんでしょう?
実は時代によって方位磁針が指す北(磁北)は移動しているんですね。

東京で磁石の針が示す方向(地磁気の偏角)は、
現在は北から7度西ですが、
伊能忠敬が地図を作製した200年前は
ほぼ北を向いていました。

350年ほど前に来朝したオランダ船の記録は、
約8度東だったことを示しています。

このことから日本付近の偏角は、この350年で
東から西へ15度ほどずれてきたことがわかります。
このような地磁気が数十年から数百年という
長い間に変化することは世界中でよく知られており、
これを地磁気の永年変化とよんでいます。

1600年からの図ですが、当時は東へ4度傾いています。
今(2000年)は西へ7度ほど。
二条城が築城したのは1603年。当時は約4度東へ傾いていたようです。

地磁気の話(続き)二条城は周辺の地割りに比べ南北軸が約3度東に傾いています。その理由は平安京の造営時には北極星を目印に方位を決めていたのがこの城の建築では西洋人が持ち込んだ磁石を使った測量を行ったため方位にずれが生じたとする説が有力。 pic.twitter.com/OSVB4TFQHa

この江戸時代初期に建造された建物の中には、
二条城以外にも真北からずれた建物があったそうです。

江戸時代初期に建造された大規模建築には、
方向が地理的南北あるいは東西から明らかにずれているものが。

二条城の築城に際しては方位磁石(コンパス)を用いて
南北を決めたからであろうと言われています。
(「建築技師史の謎を解く」西和夫著1986年彰国社)

平安京造成時は
北極星で方位を決めてたそうで、
そのため、碁盤の目は
おおよそ真北を向いているそうです。

二条城のお堀はコンパスで決めたから、
当時の磁北を向いているのだそうですよ。

金閣寺の金ってどれくらいの重さになる?

金閣寺も京都の修学旅行での定番ですよね。
金ぴかで美しい姿は誰しも魅了されます。

こちらも世界遺産です。

金閣寺は鹿苑寺(ろくおんじ)という名前で、
室町幕府3代将軍足利義満が創設者。

見ればわかるように、
3階建で1階には金箔はありません。
2階と3階だけ金箔が貼られています。

初層は金箔を張らず素木仕上げとし、
二層と三層の外面(高欄を含む)は全面金箔張りとする。
三層は内部も全面金箔張りである(床面を除く)。

昔の金箔量はわからないのですが、
昭和の大改修の記録は残っているようです。

金閣寺の金箔張り替えは
1986年2月から始まり、1987年9月10日に完成した。
10.8センチ四方の金箔約20万枚(約20キロの金)を使用。

張り替え前の10倍の量で、金箔の厚さは5倍でそれを二重に貼った。
総工費は7億4千万円。

現在の金閣寺に使われている
金の総量は約20㎏です。

薄い金箔でも、
これだけ使うと、
約20㎏までになるんですねぇ。

清水寺の清水の舞台はどうやって修理しているの?

清水寺の創建は778年。

平安京は794年なので、それよりも古いんですね。

清水の舞台から飛び降りる気持ちで…
なんて表現があるくらい有名な場所ですね。

生存率は85.4パーセントだったそう。

明治5年(1872年)に政府が飛び降り禁止令を出し、
柵を張るなど対策を施した

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ふみふむふむふみさん

ラッコは漢字で書くと海獺。海の獺(カワウソ)だよー。