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オウム 林郁夫受刑者 謝罪 地下鉄サリン事件の実行犯達は何を語るのか

高橋被告の公判で、サリンの解毒薬を他の実行犯たちに投与したことを証言。サリンの危険性知っていながらなぜ・・・

更新日: 2015年02月27日

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YAMANEKOさん

オウム真理教

麻原彰晃(本名:松本智津夫)を絶対的な教祖としている宗教。今は名前を変え、別の宗教として活動を続けている。

オウムの武装化計画

1993年ごろから、ロシアで製作した図面をもとに、自動小銃の密造を開始。1995年には、試作品を完成させ、大量生産を試みた。しかし、同年三月に、警察の強制捜査の情報を入手。武器の大量生産を断念し、図面や部品などを、組織的に隠滅しようとしたが、失敗。警察の摘発を受け、武器などはすべて押収された。このとき、計画としては、1000丁の自動小銃と、百万発の銃弾を用意し、首都圏で同時多発的にサリンを撒き、ハルマゲドンを起こす。混乱に乗じてクーデターをおこし、オウム国家を作り上げる手はずであった。
また、その後の警察の調べで、オウムの作った銃は、実物に比べて劣るところもあるが、威力が強いものもあり、警察の強制捜査がもう少し遅かったら、日本の治安に大きく影響を及ぼしていた可能性がある。

地下鉄サリン事件 実行犯

実行犯は、林郁夫、広瀬健一、横山真人、豊田享、林泰男の5人である。

広瀬健一死刑囚は、高橋被告の公判で「犯行後、麻原から『ポアは成功した』と言われ、自分も地下鉄の乗客が、より幸福な世界に転身したと思った」と証言した。

豊田享死刑囚は、「亡くなられた方の遺族の方や被害者の様子を聞かせていただいたが、『こんなことをした犯人を殺してやりたい』とという言葉があったが、まったく当然だと思う。今の自分には殺されることすらできない。知っている事実を話して、このような事件が2度と起こらないようにするのが極めて当然である。あのようなことをした人間が生きていること自体が申し訳ない」と、麻原彰晃第16回公判で証言している。

林泰男死刑囚は、高橋被告の公判で、事件を報じるニュースを見た際、「自分たちがやったことが成功したと喜んだ」と証言した。
また、林泰男死刑囚は最後に、「被害を受けられた皆様におわび申し上げます」と謝罪した。

地下鉄サリン事件 実行犯 林郁夫 高橋被告の公判で謝罪

林郁夫受刑者は、現在の心境を問われ、「なぜあそこまで麻原(松本智津夫死刑囚)を信じたのか」と悔やんだ。「生きていく価値がないが、自分の法廷でご遺族が証言してくださったことを支えに、しっかりと生きているつもりです」と述べ、謝罪した。

また、高橋被告の公判で、林受刑者は、故村井秀夫幹部からサリン散布を指示された際、「たくさんの人が死ぬと思い、やりたくないと思った」と振り返った。一方で、「オウムは唯一真理を実践するところ。影の組織がオウムを毒ガス攻撃していると思っていた」と当時の認識を語った。

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