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【サッカー】 バルサ、スペインの天才からヴィッセルの天才になったイニエスタ!!!

今年のJリーグを盛り上げる事間違いスペインの天才アンドレス・イニエスタ

更新日: 2018年08月30日

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s.n.24さん

スペインの天才イニエスタ

国籍:スペイン
所属:ヴィッセル神戸
生年月日:1984年5月11日
身長:170cm
体重:65kg
ポジション:MF
利き足:右足

8歳のときに地元アルバセテ・バロンピエの下部組織に入団した。12歳の時に出場した全国大会ではほれぼれするほどのドリブル能力と年齢を疑いたくなるような視野の広さを見せつけ、様々なクラブから注目を集めた。レアル・マドリードの下部組織に入団する予定だったが、両親の意向で取りやめられ、両親とFCバルセロナの下部組織寮(ラ・マシア)を見学して好印象を持ったことからFCバルセロナに入団した。MFセスク・ファブレガス同様、入団当初は守備的ミッドフィールダーだったが、ボディバランス、精密なコントロール、ボールキープの技術などが評価されて攻撃的ミッドフィールダーに転向した。シャイな性格であり、ラ・マシアではしばしばホームシックにかかった。U-15チームではキャプテンを務め、1999年のナイキ・プレミア・カップ決勝ではロスタイムに決勝点を挙げて優勝に貢献し、大会最優秀選手に選ばれた。イニエスタにトロフィーを手渡したのは,当時トップチームでキャプテンを務めていたMFジョゼップ・グアルディオラであり、グアルディオラは「今まで見た中で最高の選手」と記した写真をイニエスタに贈った。

プレースタイル

盤でも、前線でも、そのプレースタイルに大きな変化はない。ワンタッチ、ツータッチでボールを捌き、前にスペースがあればドリブルで持ち上がり、最後の30メートルで前を向けば1対1やワンツーで最終ラインの裏に抜け出そうとする。

 もちろんチャンスがあればシュートを狙うが、たとえ前線でプレーしていても、フィニッシュを目的としてプレーするアタッカーではなく、よりゴールに近いゾーンで攻撃的MFとしてみずからのプレーに徹する。常に足下にボールを要求し、そこからパスやドリブルで仕掛けるというプレーがほとんどで、オフ・ザ・ボールで裏のスペースにダイアゴナルに走り込むといった、ウイング的なプレーを見せる場面はほとんどない。

 その代わり、攻撃的MFとしてのプレーのクオリティーは世界でも指折り。キープ力の高さはシャビをも上回り、2、3人に囲まれてもボールを失わない。他のふたりと比べるとスピードとアジリティーが高く、1対1の突破やワンツーを使い、みずから縦に突破して最終ラインを崩す力がある。

バルセロナのキャプテンに

バルセロナは4日、スペイン代表MFアンドレス・イニエスタをチームの主将に任命した。同クラブ公式HPが発表している。

同クラブでは、全選手の投票によって1番手から4番手までのキャプテンが選出される。昨シーズンのキャプテンを務めていた元スペイン代表MFシャビ・エルナンデスが今夏アル・サッドへ移籍したことにより、昨季副キャプテンを務めていたイニエスタが繰り上がることとなった。

性格

性格も非常に真面目で大人しく、それがまた表に滲み出ているので、私服(当然、地味)のときなど、世界のトップアスリートどころか、そこらの文化系のお兄ちゃんといった印象を受ける。クラスに男子が20人いたら、15人目以降に思い出される影の薄いタイプ。あまりにもアクが弱いので、たとえユニフォーム姿になっても、彼を知らない人には「せいぜい2部の、大したことない選手」と映るのではないだろうか。

小さいころから、優秀だったにもかかわらず、イニエスタには奢ったところがない。ピアスの穴を空けたり、タトゥーを彫ったりすることもない。トップチームに在籍しながら、大学にも通い、体育大学の単位もとった。一昨年には、地元アルバセテに父親の夢だったワイナリーを作り、父親の夢を叶えての実業家デビュー。更にそのワイナリーを作ることで地元の失業率を減らし、また自分を育ててくれたクラブ、アルバセテの最高株主となり、ユニフォームにワイナリーのロゴを入れてスポンサー提供するなどの活動も行なっている。
まさに非のうちどころがなく、だからこそ「手本にすべき選手」なわけだが、これがグラウンド内では更に増長するのだから手に負えない。

親友を失ったイニエスタ

南アフリカW杯決勝でユニフォームを脱いだイニエスタ

ふたりはユース代表時代のチームメイトで、家族ぐるみの付き合いもあった。その友情はバルセロナとエスパニョールという2チームの間に横たわるライバル関係を超えたものだったのだ。

 エスパニョールで急成長を見せていたハルケはA代表入りも間近と言われており、イニエスタはいつかハルケと共に代表のユニフォームを着てプレーするのが夢だったという。

エスパニョールのキャプテンダニ・ハルケを失ったイニエスタ

「DANI JARQUE SIEMPRE CON NOSOTROS(ダニ・ハルケ、僕達はいつも共にある)」という手書きのメッセージが書いてあった。

彼はスペインU-21代表時代からイニエスタと仲が良く、同じ街バルセロナのライバルチームであるエスパニョールとFCバルセロナにありながら、お互いに良い関係を築いていた。

キャプテンに就任した2009年の8月8日、遠征先のイタリアのフィレンツェのホテルにて、ダニ・ハルケは急性心筋梗塞により死亡しているのが見つかった。急な死だった。

カンテラ時代のエピソード

FCバルセロナスクール村松尚登氏「イニエスタは14歳で飛び抜けていた。テクニックはもちろん、それを持ちながら周りを見て適切な状況判断が出来ている。全ての面で大人と同じようにボールとともに体現できていた」

「わたしは14歳から16歳まで、カテデB、カテデA、フベニールBのカテゴリーで、イニエスタと一緒にプレーしていました。イニエスタの実家は遠く離れた町でしたので、たまにわたしの家に泊まりにきたりもしていました。当時、イニエスタよりも優れた選手が2人いました。それも普通の『良い選手』ではなく『とても良い』選手です。しかし、2人のうち1人はメンタル面が原因でうまくいかず、もうひとりはパスポートの問題があって、チームに残ることはできませんでした。その意味で、イニエスタはなにも問題のない選手でした。家族ともうまくやっていたし、毎日の練習をきちっとこなしていました。彼が良かったのは、普通だったことです」

バルセロナのチャビ・モンデーロコーチは、かつてバルセロナのカンテラ(下部組織)でプレーしていました。当時のチームメイトに、いまや世界有数のMFになったイニエスタ選手がいたそうです。

イニエスタの夢はバルセロナのキャプテン!?

「もしキャプテンマークをつけることになれば、それは誇りと幸せを感じる瞬間だ。下部組織出身で、長年トップチームで頑張ってきた選手にとっては夢のひとつだ」

バルセロナ所属のスペイン代表MFアンドレス・イニエスタがキャプテン就任へ意欲を見せているようだ。スペイン紙『マルカ』が報じている。

イニエスタのサプライズ

現在のイニエスタ

相手ディフェンスのバランスを崩すために1対1などを仕掛けていたが、今は彼の前にはネイマールやリオネル・メッシという1対1を得意とする選手がおり、イニエスタが仕掛ける必要はない。それよりも中盤でゲームをオーガナイズし、空いたスペースを埋めることにイニエスタは気を使うようになった。想像力でチャンスを作っていたが、今は機械のように走り回り、チームのバランスを整えることに努めている。実際にリーガ・エスパニョーラ第19節のアトレティコ・マドリード戦(3-1で勝利)でピッチ内を1番走っていたのはイニエスタで走行距離が11.5キロと地元紙は報道していた。

黒子に徹しているイニエスタ

クラブワールドカップ2015路線バスに乗車

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