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鉄拳 ブレイクの裏の、挫折と苦労の半生

今ではパラパラ漫画で大ブレイクの鉄拳 しかし、そのうらには大きな苦労と挫折があった。

更新日: 2016年08月09日

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YAMANEKOさん

鉄拳の挫折の半生

元々漫画家志望で、高校時代の1989年にちばてつや賞(期待賞)に入選したが、次の作品が全く賞にもひっかからない出来であり、漫画家の夢を断念。

高校卒業後は二番目の夢であったプロレスの世界に飛び込む。FMWに入団したが、レフェリーとしての採用だったことに気付きすぐ退団している。

次いで俳優の世界に挑戦。1995年に劇団東俳に入団するものの、滑舌が悪いことが災いしすぐに退団した。

1997年に、お笑いプロダクションオフィス★怪人社に入団。独特の風体のお笑い芸人・鉄拳としての活動を始める。『爆笑オンエアバトル』(NHK総合)や、『めちゃ×2イケてるッ!』(フジテレビ)、『たけしの誰でもピカソ』(テレビ東京)などに出演して人気に火がつく。単行本『こんな○○は××だ! 1・2・3』(扶桑社)はベストセラーになった。

出典http://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E9%89%84%E6%8B%B3_(%E3%81%8A%E7%AC%91%E3%81%84%E8%8A%B8%E4%BA%BA)

2007年9月、マネージャー不在を解消するために吉本興業へ移籍することになったが、仕事が徐々に減っていったことに加え、周りの吉本芸人の凄さに圧倒され、芸人としての自信を徐々に失っていき、2011年夏に芸人を辞めることを決断する。

鉄拳にインタビュー

「2007年に今も所属しているよしもとに入ったのですが、入ってみて初めてお笑い業界の全体が見えたんです。どれだけの数のお笑い芸人がいるのか、才能ある若手も次々と入ってくるし、自分はもうちょっと無理かなと思って。それで芸人はすっぱり諦めて長野に帰るつもりでした。」

鉄拳は、ブレイクの前夜までそう考えていたという。

しかし、そんな鉄拳に転機が・・・

たまたま回ってきてパラパラ漫画を描く仕事が注目を浴びて、『振り子』を描くことにつながって……

「振り子」のブレイク後より、NHK朝の連続テレビ小説『あまちゃん』のアニメーション、ディズニー映画『ベイマックス』のプロモーションビデオに起用されるなど、彼のパラパラ漫画へのオファーは今も絶えない。
そんな鉄拳さんに、今の心境を聞いた。

自分の人生のなかで「本当にいろんなことをやってきました。そういった試行錯誤のなかで感じた自分の感情や不条理な出来事、周囲の人の喜怒哀楽が今の作品には大いに影響しています」
と昔の自分を振り返った。

また、今後の作品について

「3~4月には久しぶりに自主制作の作品をつくる予定なんです、完全に自分がやりたいテーマで。その作品をどこかの映画祭に出品して、賞を目指したいなと。

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