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rainbow39さん

キャスターとしての全盛期に病に襲われ、現在回復の途上にある大塚範一(おおつか・のりかず)さん(66)。その大塚さんとともにNHK時代を過ごし、同じくテレビというフィールドで活躍を続けるのが池上彰(いけがみ・あきら)さん(64)だ。

池上:世間の人は勘違いしているんだけど、「めざましテレビ」って、今すごく視聴率がいいんだけど、大塚がそれを担当したときはもう悲惨なものだった。

大塚:最初はひどかったよ。2.2%くらい。4~5%になるのに1~2年かかった。

池上:大塚がものすごく努力して、まさにフジテレビの看板番組にしたんだよね。

大塚:そりゃあ、あれだけ長くやっていればなるよ。

池上:衝撃的だったことがあってさ、「週刊こどもニュース」で、出演者の子どもたちに報道のスタジオなんかを案内したわけ。で、ニュースはここでやっているんだよって言ったら、女の子が「めざましテレビもここでやっているんだ」って。

大塚:はっはっは。まあ本当、子どもから人気あったからね。もう何年になる、NHK出てから?

池上:ちょうど3月で10年。

大塚:俺はもう21年か。94年に出たから。

こどもニュース▼

池上:俺がこどもニュース始めたのがちょうど94年。突然、報道局長に呼ばれて「こどもニュース」って言われて。

大塚:自分で選んだんじゃないんだ。

池上:業務命令に決まってるじゃないですか。「週刊こどもニュースのキャスターをやってくれないか」と。文字だけにすると依頼疑問形なんだけどさ(笑)。

大塚:こどもニュース、たいしたもんだなあって思ってたよ。

池上:あなたがオリンピックをやれないのが一つの挫折だったっていうとさ、俺のNHKに入ってからの夢の挫折は解説委員になれないことだったんだよね。

大塚:それもまた珍しいね。

お前には専門分野が無い▼

池上:NHKの記者の場合、生涯一ジャーナリストで現場で取材ができるって、解説委員しかないわけだよね。で、こどもニュースをやっていたら解説委員長に呼ばれて、「お前、解説委員希望ってずっと出し続けているけどダメだ」と。

大塚:ダメだったの?

池上:あなたがアナウンス室で言われたのと同じ衝撃でさ、解説委員というのはある専門分野をもっていなきゃいけない。お前には専門分野がないだろうって言われてさ。

大塚:ひっでえこと言うなあ!(笑)

池上:で、2005年の3月31日、キリのいいところで辞めた。仕事のあては、本を書く話が2冊。とりあえずこれで1~2年は食っていけるかなと。

大塚:それがいまや。

池上:民放から話がくるなんて考えてもみなかった。

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