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daiba49さん

低所得でも、地縁や血縁、地域の支援があれば、貧困までの状態にはなりません。年越し派遣村を率いるなど反貧困活動をなさっている湯浅誠さんたちが言い続けてきたことですが、貧乏と貧困は別物なのです。貧乏はたんに低所得であること。低所得でも家族や地域との関係性がよくて、助け合って生きていけるのならけっして不幸ではありません。

対して貧困は、家族、友人、地域などあらゆる人間関係を失い、もう立ち上がれないほど精神的に弱っている状態です。その辛さは満たされている者にはわからない。たとえば、地縁や血縁を守ることに力を注いでいるマイルドヤンキーからすれば、「その子(貧困層)の努力が足りないからだ」と見えるでしょう。ありがちで、まったく現実とそぐわない自己責任論です。

それでも貧困層は、制度による支援の可能性が残されているだけマシともいえます。その人の貧困状態がホームレスという形で見えたなら、行政や反貧困系NPOなどの支援対象になります。あるいは伝統的に、貧困は創価学会と共産党といった一部の組織が支えようとしてきました。誰が見ても明らかな貧困に対しては、何らかの支援の手が伸びるのです。

進めてほしいと思うのは、小学校の先生やスクールカウンセラーと児相(児童相談所)の職員との連携です。なんだかんだいって子供の様子をよく見ている地域の大人は学校の先生ですから、「この子の様子がおかしい」と気付いたら、すぐに連絡ができる関係にあってほしい。

 また、生保(生活保護)のケースワーカーも在宅訪問をするので、問題を抱える児童の早期発見者となりえます。生保と児相のパイプづくりも重要です。

 なにより、たとえ少女やその母親がセックスワークに関わっているとしても、社会が彼女らを否定せず、その存在を認めることが肝心です。自己責任論では解決できない当事者たちの実態を知る人が、少しでも増えていくことを願います。

(『Voice』215年3月号[特集:ピケティと格差社会]より)

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