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オーストリアの世界遺産一覧

オーストリア共和国の世界遺産「ザルツブルク市街の歴史地区」から「アルプス山脈周辺の先史時代の杭上住居群」まで、文化遺産9件・合計9件。旅行、観光の参考に。

更新日: 2018年06月02日

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目次


ザルツブルク市街の歴史地区
シェーンブルン宮殿と庭園群
ザルツカンマーグート地方のハルシュタットとダッハシュタインの文化的景観

ゼメリング鉄道
グラーツ市街 - 歴史地区とエッゲンベルク城
ヴァッハウ渓谷の文化的景観

ウィーン歴史地区
フェルテー湖 /ノイジードル湖の文化的景観
アルプス山脈周辺の先史時代の杭上住居群

文化遺産 9件

ザルツブルク市街の歴史地区

1996年に登録されたオーストリアの世界遺産(文化遺産)。ザルツブルクはオーストリア北西部のドイツとの国境に近い、ザルツブルク州の州都。ザルツブルクは「塩の城」を意味するが、その名前のとおり、紀元前から岩塩の交易によって栄え、9世紀には大司教座が置かれたことから、宗教都市として発展した。

世界遺産に登録された歴史地区は、同市を貫くザルツァッハ川の左岸の旧市街(ツェントラル)一帯を指す。ここには、聖ルーペルトが696年に開いたベネディクト会の聖ペーター僧院教会やバロック様式のドームを持つザルツブルク大聖堂、ノンベルク修道院(ドイツ語圏最古とされる女子修道院)、フランチェスコ会修道院聖堂、歴代の大司教が住んだレジデンツ(宮殿)のほか、メンヒスベルク山頂に建てられたゴシック様式のホーエンザルツブルク城などの歴史的な建造物が多数集中し、「北のローマ」あるいは「北のフィレンツェ」と呼ばれる美しい都市景観をつくりあげている。ザルツブルクは数多くの芸術家を輩出した町としても知られるが、歴史地区にはモーツァルトの生家(現在はモーツァルト記念館)やザルツブルク音楽祭で有名な祝祭大劇場もある。◇英名はHistoric Centre of the City of Salzburg

ザルツブルグとは塩の城という意味。オーストリアとドイツの国境近くに位置する。古代よりこの近辺で岩塩が採掘され、その集積地であったこの町は繁栄した。ホーエンザルツ城という、堅牢な要塞に守られた美しいバロック建築がここに花開いた。天才音楽家モーツアルトはここで生まれた。しかし宮廷音楽家の地位を捨てて、この故郷を出てゆくことになる。

ザルツブルグのシンボルともいえる大聖堂「ドーム」。イタリアから来た大司教がここの建築を命じるが、完成をみないでホーエンザルツ城に幽閉されて、そして死んでしまう。イタリアのバロック様式を取り入れた建築が美しい。

大司教の居城、レジデンツ内である。モーツアルトはここに幼い頃から呼ばれ、大司教の前で演奏を披露した。すべての部屋の天井にはアレキサンダー大王の絵が描かれている。宗教と政治の頂点に立つザルツブルグの大司教は、絶大なる力を持っていてアレキサンダー大王に自分の理想像を映していた。

大司教の夏の離宮「ヘルブルン宮殿」、ここは庭に特徴がある。水の仕掛けがあちこちにあり、観光客を楽しませている。かつて大司教はこの宮殿に客を呼び、宴のクライマックスになると水を降らせて客がずぶ濡れになるのをみて喜んでいた。写真は王冠の噴水、噴水により王冠を浮き上がらせている。

シェーンブルン宮殿と庭園群

1996年に登録されたオーストリアの世界遺産(文化遺産)で、首都ウィーンの南西にあるハプスブルク王朝の離宮。1700年にレオポルト1世の狩猟用の別荘として建設されて以降、歴代の皇帝らが増築を重ね、18世紀後半、オーストリア系ハプスブルク家最後の君主といわれた皇后マリア・テレジア(1717~1780年)の時代に完成したウィーン風ロココ様式の宮殿である。世界遺産に登録されているのは壮麗なシェーンブルン宮殿とバロック様式の庭園。1752年に動物園(現存する世界最古)として造られ、その後改造を加えながら完成した。東西約1.2km、南北約1kmの規模を持ち、1779年頃から市民にも開放された。

この宮殿と庭園は数々の歴史の舞台となった場所でもある。1762年、実質的な神聖ローマ皇帝といわれたマリア・テレジア(実際には皇帝ではない)の娘マリー・アントワネットがこの離宮に滞在しているときに、6歳の神童モーツァルトが招待されて訪れている。また、フランス皇帝のナポレオン1世がウィーンを占領した1805年と1809年には司令部として利用し滞在したほか、ウィーン会議の舞台にもなり、東西冷戦下の1961年には、アメリカのケネディ大統領と旧ソ連のフルシチョフ首相との会談の場所としても利用された。◇英名はPalace and Gardens of Schönbrunn

17世紀の終わり、ハプスブルグ家の夏の離宮として建てられたシェーンブルン宮殿。やがて18世紀、女帝マリアテレジアの居城とするため絢爛豪華に改築され、今日の姿となった。外観の黄色は、マリアテレジアイエローと呼ばれている。マリアテレジアは政治的手腕に優れ、そして人間味あふれる人柄が全国民を惹きつけていた。

大ギャラリー。宮殿内は女帝の趣味が色濃く反映されている。この華麗な大広間は宮殿の中心に位置している。ここで夜毎晩餐会や舞踏会が開かれた。舞踏会の夜は、4000本の蝋燭に灯がともされ、マリアテレジアは宮廷の人々とダンスを楽しんだと言われている。

百万の間。シェーンブルン宮殿の中で最も豪華な装飾が施された部屋である。壁板には高価な紫檀を使い、羊の皮に描かせた細密画を金箔で縁取るなど、この内装のために女帝は莫大な金貨を費やした。

マリアテレジアの夫フランツシュテファンが作った、庭園内にある動物園。今からおよそ250年前に誕生した世界最古の動物園である。動物園の中心には、皇帝夫妻が動物を見ながら朝食を摂るために建てられたパビリオンがある。現在はカフェとして人気を博している。

ザルツカンマーグート地方のハルシュタットとダッハシュタインの文化的景観

1997年に登録されたオーストリアの世界遺産(文化遺産)。ザルツカンマーグート地方は、真珠にたとえられてきたハルシュタット湖畔に位置するハルシュタットの町を中心に、標高2995mのダッハシュタイン山がそびえ、美しい景観を有する。76の湖とアルプスの山々と氷河が形づくった美しい風景は、映画『サウンド・オブ・ミュージック』を通じて世界の人々を魅了した。また、この地方は中央ヨーロッパ最古の鉄器文化を生んだ場所であり、オーストリア、とりわけザルツブルクの経済を支えた岩塩の採掘地としても知られたところである。その岩塩採掘の歴史は紀元前3000年にさかのぼる。また、ハルシュタットの町には、ゴシック様式の聖ミカエル礼拝堂などが残されている。◇英名はHallstatt-Dachstein / Salzkammergut Cultural Landscape

オーストリア、ザルツカンマーグートのダハシュタイン連峰。標高3000mの山。ここに約4000年前の人類の文明の痕跡が発見されている。

氷柱が美しい洞窟、ジャイアント・アイス・ケイブ。ダハシュタインの頂上を覆っていた雪は、溶けると洞窟に染み込んでいき、再び冷却されると、今度は美しい氷の芸術を作ることになる。

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