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フランスはマジノ線で独仏国境を封鎖したが、ドイツに簡単に突破される【第二次世界大戦】

第二次世界大戦で、フランスはマジノ線という世界でも類を見ない要塞を国境沿いに作りましたが、それで国防予算を使い果たして、実際の戦争になるとドイツ軍に迂回されて敗戦してしまいました。

更新日: 2017年06月12日

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misukiruさん

◆フランス軍が建設した巨大要塞

防衛の意味もありますが、フランスに取って戦後の公共工事という面も大きかったようです。

アルデンヌの森は自然の要害で、重砲や戦車は通れず行軍は不可能であるとフランス軍は判定していたため、要塞構想の範囲から全く外れていた。しかし、アルデンヌから国内に雪崩れ込んだドイツ軍の前に、フランスは満足な抵抗もできぬまま敗北

国境一帯を網羅した防御体制を展開するために、常に大量の兵力を配備せねばならなかった。

このマジノ要塞線建設で、ほぼすべての国防予算を使い果たし、その間、新兵器開発・生産が行うことができず、結果として兵器が旧式化してしまった。

◆マジノ線を突破したドイツ軍

侵攻開始直前、ドイツ軍の戦力がアルデンヌに集中していると判明してからもフランス軍は対応策をとらず、ドイツ軍の侵攻を許す結果となった。

ドイツ軍がアルデンヌを突破した後、マジノ線守備隊は直接ドイツ軍と戦う部隊の増援にもドイツへ逆侵攻を行ってドイツ軍部隊への補給を寸断することも出来ず、戦略的、戦術的に殆ど存在意義の無い「遊兵」と化してしまった。

◆機動力があったドイツの戦車部隊

フランスはマジノ線で独仏国境を封鎖し、ドイツの攻め込みルートをベルギー国境に限定させていました。

◆戦車を使った機動力の時代

ドイツ軍は、大砲の不足を航空攻撃で補い、歩兵も大砲もトラックで高速移動させました。

カナメは「歩兵も大砲も、前線の先までトラックで運ぶことで、進行速度が10倍以上になった」

◆負けるだけのフランス軍

ドイツ軍の侵攻前日、侵攻の気配を知らせる情報が次々と司令部に届いたが、総司令部は何の対応も取らなかった。

◆ドイツ軍の凱旋門パレード

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