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kanzeさん

ビル・ゲイツ(マイクロソフト創業者)

現在、総資産額で世界一の富豪である米国の実業家ビル・ゲイツは、シアトルの裕福な家庭に育ち成績優秀な学生時代を過ごした。高校時代にコンピュータに興味を持ったゲイツは、ハーバード大学在籍中にプログラミング言語BASICを初代マイクロコンピュータ「MITS Altair」向けに開発。1975年ニューメキシコ州アルバカーキにマイクロソフトを設立し大学を中退、同社のCEOを務めた。従業員30名からスタートした同社を、世界的な大企業へと成長させた。

シェルドン・アデルソン(ラスベガス・サンズ経営)

世界最大級の米カジノ経営企業であるラスベガス・サンズの経営者であるシェルドン・アデルソン。ボストンの貧しい家庭で育った彼は、叔父から借りた200ドルで12歳の時に新聞を販売する事業を始めるなど幼少時よりビジネスの才覚を見せた。その後続々とビジネスの幅を広げ、カジノ経営のほかにも広告事業、自販機ビジネス、不動産開発等で手腕を発揮している。

シャヒド・カーン(実業家)

パキスタン系米国人富豪シャヒド・ カーンは、大学在籍中に自動車製造企業「Flex-N-Gate」で働き始め、卒業後にエンジニアとして同社に採用された。1978年にバンパー製造企業「Bumper Works」を設立し成功を収めた。2年後に会社を清算、Flex-N-Gateを買収した。NFLのジャクソンビル・ジャガーズやプレミアリーグのフルハムを買収したことでも知られる。

マーク・キューバン(NBAチームを所有する米実業家)

ペンシルベニア州ピッツバーグのブルーカラー出身のマーク・キューバンは、大学を卒業後、1980年代にコンピュータコンサルティング会社のマイクロソリューションズ社を設立、成功させた。大企業となった同社を売却し巨万の富を得たキューバンは、その後さまざまなベンチャー企業に乗り出し多数の企業を傘下に収めた。NBAチームのダラスマーベリックスのオーナーでもある。

ロビン・リー(中国最大の検索エンジン創業者)

中国山西省生まれのロビン・リー氏は北京大学卒業後にニューヨーク州立大学へ留学、コンピュータサイエンスを学んだ。その後ダウジョーンズ社の系列企業のシステム設計、シリコンバレーでインフォシーク社の検索エンジン設計等に従事。2000年、のちに中国最大の検索エンジンとなる「百度(Baidu.com)」を設立しCEOに就任。2005年ナスダック上場を果たしIPO初日に最多利益をあげた銘柄の1つとなった。

ジョン・フレドリクソン(実業家)

海運業を中心に複数の会社を所有・経営するキプロスの実業界の超大物、ジョン・フレドリクソンはノルウェー生まれのキプロス人。1960年代にベンチャー企業を立ち上げ、1970年代に初めてタンカーを購入した。現在では世界最大の石油タンカーをはじめとする70隻以上ものタンカーを所有する大富豪。

アマンシオ・オルテガ(アパレルメーカーのザラ創業者)

スペイン発の世界的なファッションブランド「ZARA」を展開する、アパレルメーカー「インディテックス」の創業者であるアマンシオ・オルテガ氏。10代の頃から地元のシャツメーカーで下働きをはじめ、のちにバスローブやランジェリーといった衣類を販売するブランドを当時の妻であった故ロザリア・メラと設立。その数年後に現在世界的アパレルメーカーとなったZARAの店舗第1号をオープンした。生産から物流、販売の全てを網羅するシステムを導入し、低コスト化に成功した

ジャン・コウム(WHATSAPP創業者)

2014年にフェイスブックが多額の金額で買収したことで大きな話題を呼んだWhatsAppの創業者ジャン・コウムはウクライナ出身。幼少時よりコンピュータに強い関心を持っていた彼は母親とともに16歳でシリコンバレーに移住した。大学の夜間部で知り合った友人のコネでヤフーに就職、9年間エンジニアを務めたのちスマートフォン向けメッセージングアプリを提供するWhatsApp(ワッツアップ)を立ち上げた。

マーク・ザッカーバーグ(フェイスブック創業者)

2004年ハーバード大工学部の学生だった当時19歳のマーク・ザッカーバーグは、友人らとともに同大学の在校生を対象に実名制のSNSサービスを立ち上げ、学生の間で評判となり他のアイビーリーグ(名門私立大)にもサービスを広げていった。これが現在世界最大のSNSであるフェイスブックの礎となった。ビジネス立ち上げと同時期に大学は休学、のちに中退している。現在同社のCEOを務め事業は好調を維持している。

イーロン・マスク(テスラモーターズ創立者)

南アフリカ出身のイーロン・マスクは幼少時よりすぐれた才能の片鱗を見せ、10歳でプログラミングを独学でマスター。17歳の時にカナダに移住、その後奨学金を得て米国のペンシルバニア大学に進学。スタンフォード大の大学院に進むも数日間で中退。24歳で起業、ペイパル(PayPal)社の前身にあたる企業を設立、その後、宇宙ロケット開発会社のスペースX、電気自動車会社のテスラモーターズを立ち上げ、「21世紀の自動車王」と呼ばれている。

マイケル・ブルームバーグ(ブルームバーグ創設者)

マサチューセッツ州メドフォードの中流家庭出身、1966年ハーバードビジネススクールでMBA取得後、ウォール街の証券会社大手ソロモンブラザーズを経て起業。1981年に通信会社ブルームバーグをワンルームオフィスから立ち上げ設立、ウォール街の企業へ金融情報端末を販売して巨万の富を築く。政治活動や社会貢献にも大変熱心で、無料奉仕でニューヨーク市長の経験や、総計33億ドルに及ぶ多額の寄付行為を行うなど熱心に活動中。

ジェフ・ベゾス(アマゾン創設者)

米国ニューメキシコ州出身のジェフ・ベゾスは幼少期からさまざまな化学的事象に関心を持つ子供で、高校時代にコンピュータにも興味を持ち始めた。プリンストン大学卒業後にウォールストリートの金融機関就業を経て、ヘッジファンドの「D・Eショー」に移籍、役員を務めたのち退社。当時30歳のジェフ・ベゾスはインターネットやeコマース事業の将来性を確信、アマゾンを設立した。シアトルの小さなガレージから始まったアマゾンは、インターネット上の商取引分野で初めて成功した企業のひとつで、今では豪華な本社を構えている。

リチャード・ブランソン(ヴァージン・グループ創設者)

英国ロンドンの裕福な中流家庭で育ったリチャード・ブランソンは、幼いころは学習障害に悩まされ、16歳で学校を中退した。人一倍の大志を抱いていた弱冠16歳のブランソンは「スチューデント」という名の雑誌の発行を始めた。その後、中古レコードの通信販売で成功を収め、レコードレーベル「ヴァージン・レコード」を立ち上げ、多くの人気アーチストが所属する英国を代表するレーベルへと成長させた。その後、航空業界に参入しヴァージン・アトランティック航空を設立。そこから映画ビジネス、鉄道、メディア、金融、宇宙事業まで破竹の勢いで他業種に参入という、精力的で波瀾万丈の人生を送り、世界的な巨大コングロマリットを作り上げた。

オプラ・ウィンフリー(TV番組司会者)

米テレビ人気司会者のオプラ・ウィンフリーは複雑な家庭環境で育ち、不遇な子供時代を過ごした。成績優秀だった彼女は奨学金を得てテネシー州立大を卒業。高校生の頃からローカルラジオ局に出演していたオプラは、ボルチモアやナッシュビルのテレビ局でアンカーを務めるようになり、徐々に活躍の幅を広げ、まだまだ白人が多数を占めているメディア業界で数少ない黒人女性として存在感を獲得していった。自身の冠トーク番組「オプラ・ウィンフリー・ショー」が大ヒット、同性から絶大な支持を得て米国でもっとも影響力のあるテレビ司会者になった。

ハワード・シュルツ(スターバックスコーヒーCEO)

ニューヨーク・ブルックリン出身のハワード・シュルツは貧しい暮らしの中、スポーツ奨学金を得てノーザンミシガン大学を卒業。ゼロックスの訪問販売員などを経て、スターバックス社に入社、マーケティングを担当、1988年に380万ドルでスターバックスを買収した。シアトルのコーヒーショップに過ぎなかった同社を世界的なコーヒーショップチェーンへと導いたその手腕は大きく評価

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