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シュガー・レイ・レナード

シュガー・レイ・レナード(米)
WBC世界ウエルター級、統一世界ウエルター級、WBA世界J・ミドル級、統一世界ミドル級、WBC世界S・ミドル級、WBC世界L・ヘビー級チャンピオン
ニックネーム:スーパー・エクスプレス
生年月日:1956.5.17
戦績:36勝26KO3敗1分

レナードは前人未到の5階級制覇(現在の記録はオスカー・デラホーヤの6階級制覇)を達成し、天才ボクサーの名を欲しいままにした凄い男である。
レナードのボクシング人生はまさに栄光に包まれたものだ。
アマチュア時代からずば抜けたセンスで頭角を現していたレナードは、1976年のモントリオール五輪で期待通りの金メダルを獲得。
既にプロの世界王者よりも強いと言われたほどの煌きを魅せていた。

1979年11月30日、無敗のままウィルフレド・ベニテスから15RTKOでWBC世界ウェルター級タイトルを獲得。

ウェルター級歴代最速とも言われるスピードで、スーパーエキスプレスと称された。特にパンチの回転力がケタ外れに速く、ここぞという時のレナードの連打は、カメラが捉えきらないほどのスピードを見せた。

その後、1980年6月20日、ロベルト・デュランに判定負けで王座から陥落するとともに、プロ初黒星を喫した。

ロベルトデュランは石の拳と形容された強打のボクサーで、ノンタイトル戦で元世界王者、小林弘さんに7回KO勝ち、テレビでお馴染みガッツ石松さんに10回TKO勝利するなどした

1980年11月25日、ロベルト・デュランと再戦し、9回TKO勝ちで王座を奪回。

1981年6月25日、アユブ・カルレからWBA世界スーパーウェルター級タイトルを獲得し2階級制覇を達成するが、タイトル返上。

1981年9月16日、WBA王者トーマス・ハーンズとのウェルター級王座統一戦14回に逆転TKO勝ち。WBAとWBCの王座を統一する。試合後に網膜剥離が発覚。

ハーンズとの第1戦は、特に評価が高く、「20世紀最後のビッグファイト」と称され、ボクシング・マガジン2009年1月号「500号記念特集」において、歴代ベストバウトに挙げている。

Number読者が選ぶボクシング、伝説の激闘ベスト20!(海外編)

<1位> シュガー・レイ・レナード×トーマス・ハーンズ (14回TKO/1981年9月16日)

1982年11月、引退を発表。

その後

1986年3月10日、マービン・ハグラー対ジョン・ムガビの解説をしていたレナードは当時最強のチャンピオンといわれたハグラーに勝てると確信し、現役復帰を決意する。

1987年4月6日、ハグラーに挑戦し僅差の判定勝ちでWBC世界ミドル級タイトルを獲得 3階級制覇を達成

ハグラーとの対戦での判定は、未だに論議を呼んでいる。試合後のダメージが、レナードの方がより大きかったためだが、特にブランクの影響で、中盤でのスタミナ切れが苦戦の要因と見られていた。その後、デュランとの第3戦に勝利したレナードが、次の対戦相手として、1990年に再戦を申し入れたが、ハグラーは拒否した。

1988年11月7日、WBC世界ライトヘビー級王者ドン・ラロンデと対戦、9回TKO勝ちで新設されたWBC世界スーパーミドル級、ライトヘビー級の2階級の王座を同時に獲得

同月4日に達成したハーンズに続く2人目の主要団体での5階級制覇を達成した。しかし、これはライトヘビー級王者のラロンデをスーパーミドル級まで体重を落とさせてのスーパーミドル級王座決定戦に、ラロンデの持つライトヘビー級王座も賭けられるという、極めて異例の試合だったため、レナードの5階級制覇には懐疑的な意見もある。

1989年6月12日、WBO世界スーパーミドル級王者トーマス・ハーンズとの王座統一戦で引き分け

1989年12月7日、ロベルト・デュランに判定勝ちし、WBC世界スーパーミドル級王座を防衛。

1991年2月9日、WBC世界スーパーウェルター級タイトル戦で王者テリー・ノリスに12回判定負けを喫した。試合後のリング上で引退を表明した。

1997年3月1日、IBC世界ミドル級タイトル戦で6年ぶりに現役復帰。ヘクター・カマチョに5RTKO負けを喫し、引退した。

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ととtoさん