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【訃報・巨星落つ】開成高校史上最高の天才 東大卒 数学者 長尾健太郎氏(31) 癌死

その短い人生の半分は「胞巣状軟部肉腫」との闘いだった。

更新日: 2016年04月23日

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inevergiveupさん

故長尾健太郎氏

評価

人は彼のことを「神童」とも「天才」とも「未来を嘱望された若手数学者」とも形容する。ただ一環しているのは、彼の頭脳力と、それに劣らない人格に対する尊敬と敬愛だろう。

数学の天才として語られる長尾健太郎君ですが、僕の25年間の教員生活の中でも、最も国語の能力(というより、文学の才能)に傑出した生徒の一人でした。深く鋭く優しく熱く、世の中を語り、人間を語り、美しい言葉を紡ぎあげる青年でした。

長尾健太郎さん31歳で亡くなってたのか… 開成史上最高の天才と言われ、中学生の頃から漠然と憧れていました、残念です、 ご冥福お祈りします…

経歴

1989-1995 国立筑波大学附属小学校
1995-1998 私立開成中学校
1998-2001 私立開成高等学校
2001-2003 東京大学 理科一類
2003-2005 東京大学 理学部数学科
2005-2007 京都大学大学院 理学研究科 数学・数理解析専攻 修士課程
2007-2009 京都大学大学院 理学研究科 数学・数理解析専攻 博士課程

国際数学オリンピックで3年連続金メダルを取ったのは、中高一貫の進学校として知られる開成高校(荒川区)時代だ

数学オリンピックへ中3から4回海外へ行って金メダル3枚銀メダル1枚獲得。
東大理Ⅰへ入学後、囲碁部で大活躍して国際大会の日本代表に。
今年京大院の数学専攻へ進学。日本の数学界の期待の星。

妻が語った病魔との戦い

長尾健太郎さん、享年31歳。病名は聞き慣れない「胞巣状軟部肉腫」。いわば筋肉にできる珍しい癌で、1000万人に1.5~3人の確率でしか発症しない難病だった

彼は15歳のときから発病していて、私と付き合い始めた頃にはすでに足に大きな手術の傷跡がありました

お互い自立した生活を送り「結婚」の二文字も意識し出したこの頃から、長尾さんの壮絶な闘病生活が始まった

2010年には待望の子供も授かり、家族3人で力強く生きていこうと改めて誓ったのも束の間。すでに病魔は長尾さんの体中を蝕んでいたという

イギリス滞在中に脳に転移し、それからは心臓や目にまで……。有効と思われる治療法はなんでも試し、数えきれないくらい手術もしたのですが、昨年の6月以降は状況が悪くなる一方でした。海外出張に出掛ける成田空港で意識を失ったり、言葉がうまく出せなくなったり。それでも彼は弱音を吐かず、子供の成長を生きる希望にしていました

長尾さんはイギリス時代の研究成果が認められ、日本数学会から名誉ある「建部賢弘賞」を受賞する。だが、愛媛県で行われた受賞式が3歳の息子に見せた「かっこいい父親」の最後の雄姿となった

算数オリンピックに「長尾賞」新設

全国の小中学生が算数や数学の思考力を競う「算数オリンピック」に今年、新たな特別賞が新設されることになった。数学の世界大会「国際数学オリンピック」で3年連続金メダルを獲得した天才数学者として知られ、昨年10月、「胞巣状軟部肉腫」というがんのため、31歳の若さで亡くなった元名古屋大准教授、長尾健太郎さん。彼を記念した「長尾賞」だ。

胞巣状軟部肉腫

胞巣状軟部肉腫(ほうそうじょうなんぶにくしゅ、Alveolar soft part sarcoma; ASPS)とは、軟部組織に発生する悪性非上皮性腫瘍(肉腫)である。日本語訳としては「胞巣性」というより「胞巣状」という訳が多く用いられている。発生頻度のきわめて稀な腫瘍であり、諸家の報告を総合すると悪性軟部腫瘍の0.5-0.9%を占めるに過ぎない。悪性骨・軟部腫瘍の発生頻度は人口100万人対30例とWHO分類に記載されているので、胞巣状軟部肉腫に罹患する確率は人口1000万人に対して1.5-3.0人である。

長尾氏の出演した対談記事

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