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【謎】カステラの「文明堂」という会社は7つもある?

みなさんおなじみカステラの文明堂。銀座、日本橋、横浜とあちこちにある有名店。本場長崎にももちろんある。大きな全国チェーン店だと思ったら、実は…?

更新日: 2015年04月26日

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kesomiさん

カステラの老舗といえば…

ところが、あなたが誰かと「文明堂のカステラおいしいよね〜」と話した場合、あなたの言っている「文明堂」と相手が思っている「文明堂」は違うかも知れない。
なぜなら、文明堂は全国に7社もあるのだ。
それも、支店や支社とかではなく、別の会社として。

カステラの本場・長崎が総本家

日本全国に有名な文明堂のカステラ。その本家、発祥が長崎の文明堂総本店です。

長崎県長崎市江戸町1番1号

1900年(明治33年)創業の本家本元。
「総本店」までが社名で、支店は「文明堂総本店◯◯店」となる。

1900年(明治33年)に長崎で中川安五郎が創業

創業者・中川安五郎は長崎県の大工の三男。長崎市内の菓子屋で修行し、23歳で文明堂を開業。
現社長・中川安英は4代目の親族。

マーク全体が文明堂の「文」、右に「明」、左に「堂」、下に創業一族の「中川」の名が見える。
全国の文明堂各社で使用されている。

“本場長崎”の文明堂は、西日本にしか出店していない。

※ネット通販で買うことは可能。

カステラの他に、三笠山(どら焼)や最中(もなか)、ようかんなど、和風な商品が多いのが特徴。
長崎ならでは商品として、ひなまつり用の「桃カステラ」や端午の節句の「鯉菓子」も扱っている。

関東の方は「歌が違う!」と驚くのでは。

関連会社「長崎文明堂製菓」が製造。

大正時代に東京に進出

東京都中央区日本橋室町1丁目13番7号

1922年(大正11年)上野に東京1号店開店。
1933年(昭和8年)新宿店開店。
1951年(昭和26年)日本橋店開店。

「株式会社文明堂新宿店」と「株式会社文明堂日本橋店」に分かれていたが2011年に合併。

宮崎甚左衛門は、長崎の本家創業者・中川安五郎の実弟。
酒屋の小僧、自転車屋など45回も職を変えたのち、兄が開いていた長崎の文明堂に就職。佐世保市の支店を任された。
商才に長け、東京進出を実行。「カステラ1番、電話は2番」のキャッチコピーを考案し、百貨店との提携を進めるなどして、東京進出を成功させる。

「のれん分け」によって東京の文明堂は日本橋、銀座、麻布、新宿と4社に分かれた。

この4社のうち「日本橋店」と「新宿店」の2社が合併したのが「文明堂東京」である。

首都圏はもちろん、東北、中部、近畿、中国地方に店舗を展開。
長崎の「総本店」との競合を避けるためか九州には出店していないが、中国地方では競合してしまっている。

パイ、ブッセ、プリンやドーナツなど、今風のスイーツも扱っているのが特徴。
2013年には日本橋に「BUNMEIDO CAFE」をオープンし話題になった。
また主力商品のカステラについて「ハニーカステラ」の商標を持つ。

文明堂といえばこのCM、と思っている方も多いだろう。
実は関東ローカルである。(一時期だけ全国放送された)

東京都武蔵村山市とさいたま市に直営工場があるほか、横浜市に子会社「文明堂食品工業」(写真)がある。
首都圏にはほかに池袋、春日部にも工場がある。
首都圏以外には、名古屋、京都に工場がある。

「東京」とは別会社の「銀座文明堂」

昭和14年 銀座店開店。

前述の「のれん分け」によって別れた4社のひとつが「銀座店」。別会社のまま現在に至る。

東京都中央区築地3丁目7-1

1939年(昭和14年)開店。
「銀座店」までが社名。屋号は「銀座文明堂」。

首都圏を中心に北海道、東北、静岡や山梨にも店舗を展開。
首都圏では「文明堂東京」と競合するが、テレビCMは共同で流しているので関係は悪くはないと思われる。

40年の歴史がある人気商品バームクーヘンのほか、ブッセやマドレーヌを扱う。

関連会社「文明堂製菓」が製造。
東京都勝どき、千葉県船橋、札幌市、仙台市に工場がある。
(写真は船橋工場)

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