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「落語が好きやったさかい」桂米朝のここが凄い

「落語は米朝に始まり、米朝に終わる」と言わしめた上方落語界の巨星「桂米朝」のまとめです。

更新日: 2015年03月20日

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■人間国宝・桂米朝さん死去

上方落語の復興に力を尽くし、落語家として初めて文化勲章を受章した三代目桂米朝(かつら・べいちょう、本名・中川清=なかがわ・きよし)さんが19日午後7時41分、肺炎のため死去した。

中川家と米朝事務所の合同葬として、通夜は24日午後6時、葬儀・告別式は25日午前11時、大阪府吹田市桃山台5の3の10、公益社千里会館で。

端正な語り口で知られる上方落語の第一人者で、文化勲章を受章した人間国宝

▼惜しむ人、多数

米朝師匠が亡くなりましたね…ご冥福を御祈り申し上げます。品性のある話芸でしたね…。今頃枝雀さんが師匠もう来ましたんかいな?なんて迎えてるかな

桂米朝が亡くなった。近年、関西弁は浜田雅功氏、島田紳助氏、明石家さんま氏の登場ですっかり下品で卑しい印象になってしまったが、私が子供の頃は関西弁と言えば、米朝の用いる品のある船場言葉で、子供ながらに憧れる程であった。あの語りの後継者がいないのが残念でならない。ご冥福をお祈りする

米朝師匠は「地獄八景亡者戯」で、あの世の寄席のシーンで 「米朝って噺家はまだ亡くなっとらんのちゃうか」 「見て下さい名前の横、『近日来演』と書いてありまっしゃろ」 ってクスグリが持ちネタだったんだけど、実際にお亡くなりになるとやっぱ辛いわな

米朝師匠、亡くなりはったんか。ということはついに、閻魔さんの前で、地獄八景亡者戯を披露してはんのやろなあ。先代の文枝師匠や五代目松鶴はん、枝雀はんに吉朝はん、小染はんと……いやもう、あっちの寄席は賑やかなこっちゃなあ。

■桂米朝プロフィール

東京の大東文化学院(現・大東文化大学)に進学し、在学中に作家で演芸評論家の正岡容(いるる)さん(故人)に師事。

その後、1944年に軍隊に入ったが、病気のまま終戦。終戦後は会社員となり、落語愛好家として楽しんでいた

21歳のとき、四代目の桂米團治に弟子入りしました。

63(昭和38)年には、次代の上方文化を担う40歳以下の有志で「上方風流(かみがたぶり)」を結成。

1967年から関西テレビ「ハイ!土曜日です」の総合司会を務めるなど、テレビタレントとしても活動

平成8年、落語界では2人目となる国の重要無形文化財保持者、いわゆる人間国宝に認定

俳優としてNHK朝の連続テレビ小説『てるてる家族』(2003年)、『だんだん』(2008年)などに出演してきた。

最後の舞台出演は13年1月2日に大阪市内で開かれた「米朝一門会」。

■桂米朝のここが凄い

現代にそぐわないものはそぎ落とし、人物の性格特徴を徹底分析した知性肌の落語家。

6代目笑福亭松鶴、3代目桂小文枝(後の5代目桂文枝)、3代目桂春団治らと共に「上方落語四天王」として、上方落語の普及に大きく貢献。

中でも、学生時代に落語の研究家を志したという米朝さんは「知性派」「学者肌」と評された。

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