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大衆迎合?ドイツのメルケル首相が原発堅持から脱原発に傾いた理由

脱原発を強く推進する首脳として知られるドイツのメルケル首相ですが、かつて原発政策を維持する立場にあったことはそれほど知られていません。なぜ方針を変えたのか自分なりに調べました。

更新日: 2015年03月24日

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tokinohitoさん

ドイツのメルケル首相はキリスト教民主同盟の党首

周囲を叩き落として異例のスピード出世

物理学者としてのキャリアを歩んでいたメルケル氏は、ベルリンの壁の崩壊を契機に政界入りした。それから1年もしないうちに、コール首相(当時)の抜擢により、東西ドイツ統一後の最初の内閣で、女性・青少年問題相として入閣した。東独出身の有能な人材の登用が目的だった。出世があまりにも速かったため、地域に根ざした政治活動を行う機会がなく、ほかの政治家のように草の根レベルでの支持基盤を築き上げることはできなかった。

 いっぽうで、メルケル氏は非情な一面も見せている。1999年、コール氏の16年の首相在任中における不正献金疑惑が発覚。このときキリスト教民主同盟党(CDU)の幹事長だったメルケル氏は、自分の恩師であるコール氏を公然と非難した。

支持基盤に乏しかったメルケル氏が異例ともいえるスピード出世を果たしたのは、
コール氏の件に限らず、周囲の政治家を容赦なく叩き落とすその手法にある。
よく言えば、計算高いやり手の政治家。悪く言えば、成り上がるために手段を選ばない。
『豪腕』とは、小沢一郎氏ではなくこういう政治家に使う単語。

「メルケルについて、ほとんどの人が理解していないことの一つは、彼女は情け容赦のない政治的策士だと言う点だ。党内のライバル全員を追い落としていった手法は、まさにマキャベリアンだった」。(BBCの特別番組‘Making of Angela Merkel’でのインタビュー)

これは、メルケルをよく知る英国首相の主席補佐官だったジョナサン・パウエルの言葉だが、一筋縄ではいかない政治の世界を思えば、さもあらんと思う。

メルケル首相は脱原発に懐疑的だった

緑の党と社会民主党との連立政権は2000年に脱原発を決め、2022~23年を脱原発の期限に定めた。だが、2009年秋にキリスト教民主・社会同盟と自由民主党政権の連立政権が発足し、脱原発ムードが減退。2010年には、脱原発の期限を12年延長した経緯がある。

もともと、脱原発を推進していたのは【緑の党】と【社会民主党】の連立政権。2009年には【キリスト教民主同盟】【キリスト教社会同盟】【自由民主党】の連立政権が脱原発の期限を延長した。延長を決めた首相はメルケル氏。

「再生可能エネルギーが原子力エネルギー廃止の穴埋めができるほど発達していない」ことが延長を決めた理由。日本の、自民党の主張とほぼ同じ。

メルケル政権が脱原発の延期を決めたことで支持率が大幅に下がった

2010年、メルケル政権がその脱原発の期限を延長した。そして、電力会社は、稼働年数を延長してもらった代わりに、核燃料税という税金を支払うことが取り決められた。そしてこの時、ドイツ国民の間で、期限延長という反則に対して思いも掛けぬほどの非難が巻き起こった。これほどまでの国民の怒りは、おそらくメルケル首相の予想外であったと思われる。

脱原発の期限を延長後、国内世論は大きく反発した。ギリシャ財政破綻に対してドイツが財政支援を行うことになった件も合わせて、支持率は60%代から40%代まで下落した。

国内の原発不信は拡大していき、地方議会選挙で緑の党が躍進するなど与党が相次いで敗北。

もともと脱原発を推進していた【緑の党】が地方選挙で躍進。
ドイツの脱原発世論の強さがわかる。

延期決定の翌年、福島の事故が発生した直後に方針転換を発表

メルケル独首相、国内原発の稼働延長を凍結 福島原発事故を受け

「日本で起こった出来事は、これまで絶対ないと考えられてきたリスクが絶対ないとは言えないという事実を教えてくれている。たんにこれまで通り、このまま進めることはできない」
とメルケル首相は説明しているが、本当の理由は脱原発延期により低下している支持率を回復させるための急な方針転換ではないか?

つまり、脱原発の延期を決めたことで支持率が大幅に下がってしまった結果を受けて、延期を取りやめて支持率を取り戻そうと元から計画しており、格好の口実として「福島」を利用したのではないか?という話。

原発稼働の延長を決めたのは3月14日。「福島」の事故のたったの3日後、まだ原発事故の初期対応をしていた時期。国策を180度曲げる決定を下すにはあまりにも早く、事故以前に稼働延長を見直す決定が為されていた、少なくとも内定していたのでは?

脱原発で支持率回復

CDUの支持率は33%と前週から1ポイント上昇。福島第1原子力発電所の事故を受け、「脱原発」を加速させたことが評価された。

2011年7月。

「今、首相を直接選挙で投票すると誰を選ぶか」という調査では、メルケル首相は7ポイント増の58%、反対にSPDの首相候補であるシュタインブリュック氏は4ポイント減の22%だった。

2012年1月。

世論調査によると、メルケルの支持率は65%だから高い。

2013年。

ドイツのキリスト教民主同盟(CDU)は9日、党首にメルケル首相を再選した。メルケル首相は、党首職14年目、首相職は9年目となる。党員の支持率は96.7%、国民の支持率も67%と高く、安定している(数値はスペインのエル•パイス紙より)。

2014年12月。

その最大の理由は、ドイツの景気が非常に良いことだ。ユーロ危機による不況の暗雲が、フランスやイタリアなどほかの国を覆っている中、数年前からドイツだけが「独り勝ち」という状況が続いている。

支持率が復活したのは脱原発の世論を受けてだが、今なお高い支持率を誇るのは「ユーロ圏が不況であえぐなか、ドイツが経済的にうまくいっている」ことが最大の要因。

仮に、世論受けを狙っての方針転換であれば…

なお、電力会社は裁判を起こす

福島の事故が起こった。これを機にメルケル首相は、突然180度意見を変えて、2022年までに脱原発ということを決めた。驚いた電力会社は、当然のことながら、核燃料税の支払いを拒否した。しかし、政府はそれを認めない。これが今、裁判沙汰となっている。

かつてメルケル政権は脱原発を延期する代わりとして電力会社に核燃料税の支払いを課した。しかしたった一年で方針を反故にした。電力会社が核燃料税の支払いを拒否するのは当然だが、ドイツ政府はそれを認めないことが問題化。

ドイツの電力各社に課されている「核燃料税」が違法であるとして、大手電力会社のイーオン、RWEに続きENBWが16日に提訴に踏み切ったことから、同税廃止をめぐる議論が活発化している。

核燃料税は、昨年決定していた原発の稼動延長の見返りとして導入されたもので、燃料棒の交換時に課税される。今年に入ってイーオンとRWEが共同運営するグンドレミンゲン原発、ENBWのフィリップスブルク原発で新しい燃料棒が装荷されたことから、3社に課税義務が生じ、これと同時に提訴が行われた。

【ちなみに…】そもそもドイツ国内で原発はまだ稼働している

2022年までに17基ある全ての原発を閉鎖することを正式に決定

2022年までに原発を閉鎖するのがドイツの脱原発政策であり、それまでは稼働している。なかでも1980年代に建設された新しい原発はほとんどが今も稼働している。

日本の原発は停止中

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