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熊沢重文騎手がJRA史上初の歴史に残る偉大な記録を達成!

熊沢重文騎手がJRA史上初の歴史に残る偉大な記録を達成しました。

更新日: 2015年03月31日

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hidechan2012さん

JRA史上初!熊沢重文騎手が平地&障害競走200勝

28日の中京5Rをスマートリバティーで制した熊沢重文騎手(47)=栗東・フリー=は、史上4人目となる障害競走通算200勝を達成した。

熊沢騎手はJRA平地競走で791勝を挙げており、JRA平地・障害競走双方での200勝達成は、中央競馬史上初となる。

JRA通算成績は14456戦991勝。うち障害競走は1213戦200勝。G1/J・G1は91年にダイユウサクで制した有馬記念、12年にマーベラスカイザーで制した中山大障害など4勝。重賞は前記を含めて計29勝を挙げている。

出身地 愛知県刈谷市
生年月日 1968年1月25日(47歳)
身長 157cm
体重 53kg
血液型 O型
騎手情報
所属団体 JRA
所属厩舎 フリー
初免許年 1986年
免許区分 平地・障害
経歴
所属栗東・内藤繁春(1986 - 1996)→
栗東・フリー(1996 -)

■熊沢 重文騎手 JRA障害通算200勝達成インタビュー(2015年3月28日 中京5R) 【VTR】 youtu.be/g9Ex0U1W2Nk

熊沢騎手,凄いな。障害は週に1レースあるかないかという数で,週24レース騎乗可能な平地だって1000勝すると大騒ぎになるわけで,その両方で通算200勝って,とんでもない記録なのではないだろうか。

熊沢騎手が、JRA史上初、平地&障害で200勝達成。 ちなみに通算成績は1000勝まであと少し(現在991勝)。 野球でいうところの「名球会入り」に匹敵するくらいの大記録だと思います。

【熊沢重文騎手】 現役を代表する障害ジョッキー 平地・障害の両方でGI制覇している JRA通算1,000勝まであと10勝 障害通算200勝まであと1勝と迫っている

熊沢騎手、障害200勝。本当に素晴らしい騎手だと思う。これからも長く乗っていただきたい。

熊沢重文騎手のコメント

血統(ステイゴールド産駒)について:
「縁を感じるというか、大事にしていきたい馬だと思っています。」

通算1000勝について:
「障害レースも入ってるんでインチキじゃないかって話しなんですけど(笑)。でも、目標とする数字があるというのはすごく張り合いがあります。」

「とにかく嬉しいの一言です。ひとつひとつが大事だと思っていて、積み重ねがこの数字になりました。これからも若手と一緒に障害レースを盛り上げていきたいです。これからもまだまだ続けて、死ぬまでジョッキーでいるつもりなので、応援よろしくお願いします」

中京5Rをスマートリバティーで制し、熊沢重文騎手がJRA障害通算200勝を達成。平地でも有馬記念などを制している“二刀流”の名ジョッキーだ

熊沢騎手は1986年にデビューして、翌年から障害レースの騎乗を開始。
障害レース通算1213戦目での大記録となった。衰え知らずの“鉄人”が、かつて主戦を務めたステイゴールドの産駒で、前人未踏の大記録を打ち立てた。

主な騎乗馬

コスモドリーム
 (1988年オークス)
ダイユウサク
 (1991年有馬記念、京都金杯)
エイシンワシントン
 (1994年セントウルステークス、1996年CBC賞、スプリンターズステークス2着)
ストーンステッパー
 (1996年根岸ステークス、1997年ガーネットステークス)
ステイゴールド
 (1998年天皇賞春2着・宝塚記念2着・1999年天皇賞秋2着)
ロードプリヴェイル
 (2004年京都ハイジャンプ、阪神ジャンプステークス、小倉サマージャンプ)
テイエムプリキュア
 (2005年阪神ジュベナイルフィリーズ、2009年エリザベス女王杯2着)
マーベラスカイザー
 (2012年中山大障害)
テイエムハリアー
 (2013年京都ハイジャンプ)

障害競走の免許を返上する騎手が多い

現在では、平地との斤量差が小さいこと、そして障害競走の競走数の問題もあり、障害競走専門の騎手は減少し、多くの騎手が平地競走への騎乗も行っている。障害競走は落馬の発生が平地競走よりも多く、平地競走よりもリスクが高いと考えられており、賞金に対する騎手の取り分が7%と平地における5%より多くなっており、また騎乗手当も平地を上回っている。

こうしたリスクもあり、若手騎手のうちは両方の免許を持っていても、平地である程度活躍するなどして、一度も障害競走に騎乗することなく障害の免許を返上するケースがある。

1999年に障害競走でのグレード制が導入されて以降では、平地GI・障害GI(J・GI)の両方を制したのは熊沢が初のことである[9]。熊沢のように、平地のGI騎乗経験のある騎手がコンスタントに障害競走にも騎乗している騎手は少なく、熊沢の他には高田潤(ドリームパスポート等)や柴田大知(マイネルホウオウ等)程度しかいない。

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