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michael.masaさん

日本が誇る天才フットボールプレイヤー「小野伸二」。

これまでに多くの名プレイヤーが小野伸二について語っています。

ぜひご覧ください。

「自分は毎回メッセージ付きのパスを出している」小野伸二

何でサッカーをしているんだろう どうして苦しさに耐えているんだろう それはサッカーを愛してるから、心から楽しめているから 君はどうだ?サッカーが楽しいか? 小野伸二

小野伸二「自分のパスに名前がついているなんて感激だね。消えないように頑張らなくちゃ。」(ベルペットパスという名前をつけられたとき)

小野伸二「自分がボールをもったとき、ハーフウェイラインの後ろにいるなんて、間違いなく好ましくない。」

ピッチでボールを蹴っている瞬間に『引き分けでもいい』なんて考える選手はいない。そんなの、無理ですね。(小野伸二)

言わずと知れた天才プレイヤー。

不幸な怪我に悩まされたが、それでも眩い輝きを放ち続けた。

2019年8月コンサドーレ札幌からFC琉球への移籍が発表された。

見てて楽しい! 小野伸二 単身赴任のサッカー生活に密着! ファン・ペルシ「小野伸二以上の天才はいない!」 youtu.be/L5_B9bLT_wI

ジュビロ磐田全盛期を支えた名選手で、2017年シーズンもジュビロ磐田を率いる名波浩氏が動画内で小野伸二選手を絶賛している。

以下動画内コメント抜粋
「小野伸二選手のプレースタイルは超一流」
「ボールタッチの柔らかさは日本でプロになった過去の人も含めて、間違いなくトップクラス」

小野伸二「自分は毎回メッセージ付きのパスを出している」「自分のパスに名前がついているなんて感激だね。消えないように頑張らなくちゃ。」(ベルペットパスという名前をつけられたとき)

「これまで対戦した中でも、最もタフな相手の一人。彼が日本人だからとか、あなたを喜ばせようとしてそう言っているんじゃないんだ。」

2010年南アフリカワールドカップなどで日本とも対戦し、強烈な印象を与えたスナイデル選手。オランダ代表のみならず、アヤックス、レアル・マドリード、インテル、現在ではガラタサライでも中心選手として活躍している超大物プレイヤーが、先述のコメントを残している。

「小野は天才。オランダ代表の練習で小野より上手い選手はいなかった。」

オランダ代表、マンチェスター・ユナイテッドのエースとして活躍を続けるロビン・ファン・ぺルシー。
そんなファンペルシーは2002年にフェイエノールト(オランダ)ユースからトップチームに昇格を果たす。
18歳で飛び級になるU―21オランダ代表に選出される程の選手だった。

 しかし若手選手が陥りやすい、環境の変化による変貌に当時のファンペルシーも惑わされ、
夜遊びなどによる遅刻。首脳陣やチームメートとの衝突。
マスコミへチーム内の不満を発言するなどの問題児となってしまう。

 当時のフェイエノールトを指揮していたファンマルバイク監督も、ファンペルシーの扱いには相当悩まされていたそう。

しかし、当時すでにチームの中心として活躍をしていた小野伸二の言葉にはファンペルシーも耳を傾けていたらしく、徐々に改心していったとのこと。

先述のコメントは世界的ストライカーとして成長したアーセナル時代に残したコメントである。

「セードルフを見た時より、小野に会った時の方が衝撃を受けた。」

ディルク・カイトは小野伸二とこの世界的プレイヤーとの出会いを比較したコメントを残している。

ディルク・カイトもまた、オランダ代表として長きにわたり活躍をし、エールディヴィジの得点王、リバプールでの活躍を経て、現在はフェネルバフチェSKに所属している名プレイヤー。

コメントで比較されているセードルフはご存知の通り世界的なプレイヤーで世界中の強豪チームで常に中心選手として活躍し、UEFAチャンピオンズリーグでの優勝経験が4回という伝説的プレイヤーの一人であるが、そのセードルフとの出会いよりも小野との出会いの方が衝撃的だったと言うのは、まさしく小野伸二の凄さを如実に表しているコメントである。

「クラブで一緒にプレーした中でも最高の選手の内の1人が凄いゴールを決めたよ」

フェイエノールト所属時に小野と素晴らしい活躍を見せてくれたファン・ホーイドンク。

小野伸二がウェスタンシドニーワンダラーズ時代に決めた衝撃的なゴールを果たした試合で、
上記コメントをツイートしていた。

思わずファン・ホーイドンクがコメントしてしまうのも仕方ないが、このコメントに小野伸二への多大なリスペクトを伺わせている。

「彼のお陰で、サッカーばかりでなく、人生に対する考え方が変わった」

トマソンもまた、フェイエノールトで小野伸二と多くの勝利を分かち合った、デンマークの英雄だが、小野に関して上記のようなコメントを残している。

2002年日韓ワールドカップでの心温まるエピソードはあまりにも有名だが(参考URL:http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Namiki/9188/tomason.html)、このようなエピソードの陰には小野伸二の存在があったのかもしれないと考えてしまう。

上記URLのエピソードの信憑性に関しては筆者もわからないが、いつの間にか周囲の人間を引き込んでしまう小野伸二の魅力は、オランダでも健在だったようだ。

「今の日本代表に第2の小野伸二はいない」

「シンジは今まで一緒に働いた中で、一番良いプレーヤーだった。日本に戻って、また活躍してくれていると聞いてうれしいよ」

ベルト・ファン・マルワイクは小野伸二がフェイエノールトに所属していた時の監督であり、2010年南アフリカワールドカップでは、母国オランダ代表を率いて日本と対戦した名将。

小野伸二をチームの中心とし、UEFAカップ優勝を果たす。

「サッカーはサーカスではない」と、辛辣なコメントを残したこともあったが、小野伸二の卓越したテクニックを認めた数多い指導者の一人であることは間違いない。

監督と選手という関係性だった当時は日本代表に招集されるたびに怪我を負って帰ってくることに対して、不満を残す発言も多かった。
それだけ小野伸二には期待していたのだろう。

「日本で天才がいるとしたら、僕は一人だけだと思う、小野伸二。もし怪我してなかったら、化け物みたいな選手になっていたよ。輝いてる時間は短かったけど。」

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