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渦中の上重アナ、実はプロ野球のスカウトに声をかけられるほどの選手だった。

現在大きな騒ぎを起こしている日本テレビの上重聡アナウンサー 実は彼はかつて高校野球や大学野球を賑わせた大物だったのです。彼の野球経歴について少しまとめてみました。

更新日: 2015年04月10日

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yakiuminjさん

実は彼、根っからの野球少年だったそうです。

小学校のころから野球少年

これまで数多くのプロを輩出した高校野球の名門・PL学園に進学。

中学時代は少年野球チーム「八尾フレンド」で平石洋介とチームメイトとなり、共にPL学園高校へ進学した。

チームメイトである平石洋介選手は、現在、東北楽天イーグルスの一軍打撃コーチを務めています。

野球に興味のある方からすると実は凄い人

1998年の第70回選抜高等学校野球大会では準決勝で松坂大輔を擁する横浜高校と対戦し、敗北。

メジャーに渡り、今年日本球界に帰ってきた松坂投手と投げ合っていたそうです。

そして同年の甲子園では歴史に残る名勝負を繰り広げています。

同年の第80回全国高等学校野球選手権大会準々決勝で再び横浜高校と対戦するも延長17回の末(先発は稲田、上重自身は7回から登板)敗れた

また松坂選手と死闘を繰り広げたそうです。7回から登板して、先発投手よりも長いイニングを投げていた模様。

この戦いは翌年の1999年の第81回大会直前企画としてオールナイトで改めて放送された。また、NHKにおいてもこの試合の特集番組が組まれ、朝日文庫より「ドキュメント横浜vs.PL学園」(ISBN 978-4-02-261307-3)が出版されている。

大学時代も野球少年(青年?)

野球推薦で、立教大学コミュニティ福祉学部コミュニティ福祉学科へ入学。

2000年10月22日に、東京六大学野球秋季リーグ戦の対東京大2回戦で、36年ぶり史上2人目となる完全試合を達成した

昨年4月にようやく3人目の完全試合達成者が現れました。それほど難しいことを成し遂げていたわけです。

ケガもあってプロ入りを断念。テレビ朝日とフジテレビの内定ももらったが、アナウンサーとしての活躍を考えて日テレ入りし大型新人として話題になった。

怪我が理由でプロ入りは諦めた模様。体が資本のアスリートにとって、怪我は天敵ですからね・・・。

その後、テレビアナウンサーとして

立教大学コミュニティー福祉学部3年在学中、野球部キャプテンの上重 聡 投手が2003年4月採用の日本テレビアナウンサーの一人に内定しました。

日本テレビに入社し、主にプロ野球をはじめとするスポーツ中継を担当、スポーツ以外では『ズームイン!!サタデー』などの情報番組で司会も経験、2015年からは3月30日からは『スッキリ!!』の司会を務めています。

現在でも球速は121キロ出るようです。

日本テレビの上重聡アナウンサーが121キロをマークして初代王者に輝いた。

出典http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2014/06/30/kiji/K20140630008470730.html

そして今に至るということです・・・。

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