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<訃報>愛称は「キンキン」人気番組「出没!アド街ック天国」司会で有名な愛川欽也さん死去80歳

「出没!アド街ック天国」など人気テレビ・ラジオ番組の司会を長年務めるなど、「キンキン」の愛称でお茶の間に親しまれ幅広いジャンルで活躍した俳優でタレントの愛川欽也(あいかわ・きんや、本名・井川敏明=いがわ・としあき)さんが亡くなっていたことが2015年4月16日分かった。

更新日: 2015年05月10日

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孔明0530さん

司会者、俳優として活躍した俳優の愛川欽也(あいかわ・きんや)さん(本名・井川敏明)が2015年4月15日に死去していたことが翌16日、分かった。80歳だった。肺がんと闘いながらも、最近まで仕事を続けた。映画「トラック野郎」やドラマ「西村京太郎トラベルミステリー」などの人気シリーズで、個性的な魅力を発揮。「なるほど!ザ・ワールド」「出没!アド街ック天国」などの長寿番組の名司会者としても親しまれた。

愛川欽也

東京生まれ。俳優座養成所などを経てプロデビュー。30代からは洋画や海外ドラマの声優を始め、特に名優ジャック・レモンの吹き替えで頭角を現した。

 1970年代にはTBSラジオの「それ行け!歌謡曲」など深夜放送のディスクジョッキーとして若い世代の絶大な人気を博した。テレビ番組の司会者としても手腕を発揮し、日本テレビ系「11PM」、フジテレビ系「なるほど!ザ・ワールド」などの人気番組を長く担当した。

長年の夢だった映画製作に74年に乗り出す

「さよならモロッコ」で監督・主演も務めた。翌75年に親友の菅原文太さん(昨年11月死去)とともに東映に企画を持ち込み、共演した「トラック野郎御意見無用」が大ヒット。菅原さんが演じる「桃次郎」の相棒「やもめのジョナサン」を好演した。その後も「西村京太郎トラベルミステリー」など2時間ドラマにも数多く出演した。

ギネス世界記録に認定も

95年の番組開始から司会を務めたテレビ東京系「出没!アド街ック天国」では昨年9月、「世界最高齢の情報番組司会者」としてギネス世界記録に認定されたが、今年3月の放送1000回を機に司会を降板した。

様々な分野でマルチに活躍

また、96年には「テレビについて話す会」を発足させ、硬派な視点で政治問題やテレビのあり方に関して発言を続けた。

 私生活では78年、「ケロンパ」の愛称でお茶の間で親しまれていた、うつみさんとTBS「シャボン玉こんにちは」でコンビを組んだことを機に再婚、芸能界きっての「おしどり夫婦」と呼ばれた。

 映画や舞台への愛情は晩年まで衰えず、劇団「キンキン塾」を創設して後進を指導。2010年には私財を投じ、東京・中目黒に演劇公演や映画上映ができる小劇場「キンケロ・シアター」を建設した。18日から、自ら監督・脚本などを担当した最新主演映画「満洲の紅(あか)い陽」の上映を予定していた。

妻はタレントのうつみ宮土理(みどり)さん

うつみは密葬から一夜明けた2015年4月18日に「愛川の強い意向で、ご心配してくださった皆様に病状を明かせなかったこと、深くおわび申し上げます。最期まで仕事に復帰するつもりで頑張っており、皆様に公表することを頑(かたく)なにお断りするよう申しておりました。そんな頑固なところも愛川らしい一面ですので、どうかお許しください。キンキン、よく頑張ったね。いろいろ楽しかったね。本当に本当にありがとう」などとコメントを発表。その後、ブログでは「キンキンの魂は『平和』を守ること。平和を守りたい」と愛川さんの意志を引き継いでいくことなどを記していた。

うつみ宮土理 涙の会見 愛川さんと「一緒に天国に行ってしまいたい」

2015年4月15日に死去した司会者で俳優の愛川欽也さん(享年80)の妻で、タレントのうつみ宮土理(71)が2015年5月10日、東京・中目黒キンケロ・シアターで記者会見を開催。最愛の夫を失ってから約1カ月が経ち、うつみは詰めかけた多くの報道陣に「お忙しい中、お集まりいただき、ありがとうございます」と深々と頭を下げ、目を赤くした。
会見は愛川さんが生前お世話になった人々に対する「御礼のあいさつの場」として行われたもので、愛川さんが亡くなってから、うつみが公の場で発言するのは初めて。

「(2015年)4月15日に亡くなりました。私はまだ信じられなくて…心の中に大きな穴が空いてしましました。その穴を埋め尽くせないまま、この場に座っております」

と心境を語った。

「愛川とは毎日毎日笑い合って、1日を過ごしておりました。こんなに人生が悲しくて、寂しくて、愛おしくて、一緒に同じ天国に行ってしまいたいと何度も何度も思いました」

と続けたうつみ。

「自宅で介護をしていた時に、早く仕事をしたいと言っておりました。私も横に連れ添って、手をつないで24時間寝ていたが、早くしようね、絶対しようねといいながら、その手の握り方ががどんどんだんだん弱くなって、15日の早朝、天国に旅立ってしまいました。遺骨を抱きしめると、元気出すんだよ、深くて温かくて、あの声が聞こえてくるの私の励ましです」

と話した。

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