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サンデーモーニングから消えてしまった大沢親分の愛が今になって染みてくる・・

人気番組サンデーモーニングのコーナー「週刊御意見板」。このコーナーにおいて欠かせない存在になっていたのが大沢親分こと故大沢啓二氏です。先の張本勲氏のキングカズを巡っての炎上騒動などを見て、大沢親分の厳しいながらも温かい選手達への愛がいまさらになって心に染みてきます。

更新日: 2018年07月16日

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anpeppeさん

キングカズをめぐる発言が炎上を起こした張本勲氏

その後カズ選手の大人な対応である程度勢いは収まりましたがJ2は2軍のようなものという発言には触れず仕舞い。内心怒りがおさまらない人も多いことでしょう。

野球評論家の張本勲さん(74)のサッカーをめぐる発言が、「またしても」物議をかもしている。今度は「キングカズ」こと三浦知良選手(48)に対して、「もうおやめなさい」と引退勧告をしてのけた。

司会を務める俳優でタレントの関口宏(71)が「何で」と驚きを見せたが、張本氏は「スポーツマンとして、もう魅力もない」とバッサリ。続けて、「野球で言えば(J2は)2軍だから、2軍で頑張ってもそんなに話題性もない」とし、「若い選手に席を譲らないと。団体競技だから伸び盛りの若い選手が出られない。だから、もうお辞めなさい」と後進に道を譲ることを勧めた。

張本氏の発言にツイッターでは、「ガッカリ」「野球以外語ったらダメ」「暴言だ」「カズを侮辱」「J2を舐めた発言も腹立たしい」など批判が飛び交い、話題のキーワードでは張本氏の名前と番組名がランクインした。

そんな中とある人物のことを恋しく思ったのは自分だけではないでしょう

大沢 啓二(おおさわ けいじ、本名:大沢 昭(おおさわ あきら)、1932年3月14日 - 2010年10月7日)は、神奈川県藤沢市出身の元プロ野球選手(外野手)・監督・野球解説者。

日本ハム監督退任後はフリーの評論家、解説者などを務めた。近年はTBSの「サンデーモーニング」にて張本勲とともに球界の御意見番として出演。「喝!」で親しまれていた。ちなみに大沢は日本ハム監督就任時、張本を巨人にトレードに出している。

引退後はロッテのコーチ、二軍監督を務め、71年のシーズン途中から監督に就任。1年目は2位で終えるが、翌年は5位に終わり解任される。解説者を挟んで、76年から日本ハムファイターズの監督に就任。81年にはリーグ優勝を果たし、84年まで監督、その後球団常務を務め現場からは完全に遠ざかっていたが、92年に監督に就任した土橋正幸が契約期間を残しながら一年で辞任したため、93年より再び監督に復帰した。

監督在任中日本ハムを最下位にしてしまった際にはファンに土下座をしてみせた

【日本ハム11―6ロッテ】それはいきなりの行動だった。本拠地・東京ドームで94年のシーズン最終戦を終えた日本ハムの大沢啓二監督は、突然マウンドの上に正座をしたかと思うと、頭を深々と下げた。土下座だった。

故障者に泣いたという同情すべき点はあったが、大沢監督は「前年の2位でオレも選手も浮かれちまったのが最大の敗因。相手はみんなプロ。浮かれているうちに抜かれちまったんだ。責任は全部監督であるオレにある」として、言い訳はしなかった。

前の上司(既に定年退職して今は故人)が、この時と長嶋茂雄の引退試合を両方生で見たらしく、「長嶋の引退よりはるかに印象深い」と評してました。

その愛に溢れた言葉をまとめてみた

辛口で知られる球界の親分、元日本ハム監督の大沢啓二氏は言う。“もっと気合い入れなきゃいけねぇけど、新庄には華があっていいよ”

新庄選手には番組では喝を出すことも多かったのですが、新庄選手のもつ選手としての華、個性は認めていたように思えます。

「人間にはわらじをつくる人、みこしを担ぐ人、みこしに乗る人がいる。 誰が一番偉いんじゃなくてよ、それぞれ与えられた役割をまっとうすることが大事なんだ」

野球にも人生にも通じる深い言葉です。

あのコーナーは元々野球偏重で他競技は薄っぺらかったコメント多かったけど、そんな中でも親分は「俺、(中村)俊輔好きなんだよ。激励の喝だ!」とか言ってくれてたのにね。

他競技ではサッカーの中村俊輔選手に対する激励、賞賛が印象的でした。

あの絶妙なバランスがなんともいえなかった

あのコーナーは、ほとんどクレーマーのレベルで独特な視点から喝を贈る張本氏と、親分肌で若者を包み込むような親分の愛ある喝のバランスが絶妙でした。心の小さな緩みを張本氏が締め、未来への小さな芽を親分が伸ばす…御意見番ならではの主観があふれていたように思います。

このコーナーは長らく親分こと大沢啓二と張本勲が担当していた。当時から張本は、選手に対して厳しい言葉を発していた。しかし、そうしたとげのある言葉を、大沢親分はやんわりといなして、丸く収めていた。べらんめえ調で、喧嘩早そうな大沢親分だが、選手としては二流でコーチからたたき上げで指導者になった苦労人だ。また江戸っ子らしく野暮は言わない人柄だった。とかく舌鋒が鋭い張本と、粋人大沢親分は名コンビだったのだ。

昨今の解説者は上っ面のシステム論や技術論ばかりに目を向けがちですが、「人として」という部分に踏み込んでくる、ある意味での横暴さ強引さが、あのコーナーにはありました。ほかの番組にはない魅力でした。

あのべらんめえ口調が恋しい・・

一方、大沢親分は屈折が少ない人柄だったので、最初の内は新庄に本気で「喝!」って云ってたのに、メジャーに行ってからほんの何週かでハリーが怒ってる横で「然しおもしれぇなぁ」とヘラヘラ笑い出して、それから毎週ハリーが「喝!」って怒ってる横でヘラヘラ笑ってた。

正直、大沢親分が存命のころは、「親分」と親しまれるだけあって、下の者への理解を示しつつ、理解しつつ、自分の芯を表してた。だからこそ受けたし、人気もあった。そして「喝!」には相応の重みがあった。張本のおっさんはもう、老人のたわごとレベルなので見るに堪えない。

サンデーモーニングのあの名物コーナーは大沢親分が亡くなった時点で終わっていたのだ。だから今も続いていたことが驚き。そこに当時の愛ある「喝!」はあったのかしら?

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