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mpikaさん

グループサウンズ「ザ・ワイルドワンズ」のリーダー加瀬邦彦さんが死去されました。所属事務所から自殺を発表され関係者に衝撃を与えています。食道がん、咽頭がんを患い晩年は闘病の末の死去が伝えられました。

加瀬邦彦さん 74歳だった

加瀬 邦彦 かせ くにひこ
1941年3月6日生まれ。東京都出身。慶応義塾大学在学中からバンドを始め、63年「寺内タケシとブルージーンズ」に加入、66年「ザ・ワイルドワンズ」を結成し、絶大な人気を得る。解散後は作曲家、音楽プロデューサーとしても活躍。81年ザ・ワイルドワンズを再結成し、現在も多彩な音楽活動を展開中
出典 がんサポート

「想い出の渚」の大ヒットで知られるグループサウンズ「ザ・ワイルドワンズ」のリーダー兼ギターで音楽プロデューサー、加瀬邦彦(かせ・くにひこ)さん。

自宅の洗面所の前で、のどにつけていた呼吸器のチューブがふさがっていたといい、洗面所で患部に水を入れて命を絶った可能性があるとみられる。

警視庁は事件性がないとしており、自殺とみられる。74歳だった。

出典日刊スポーツ

2015年4月20日午後9時、自宅にて自殺を図り死去
74歳没。呼吸用のチューブがふさがれた状態で発見された
wikipedelia

昨年、咽頭がんを発症。恩師の加山雄三(78)から命を優先するように勧められ、声帯を切除した。先日、咽頭がんであることを公表したつんく♂と同様、手術後は食道発声法を練習していたが、昨年7月には音楽活動の休止を発表していた。

白内障を患ってしまい…。下咽頭がんの術後も芳しくなくて、最近は食事もとれないほど体調が悪化していたそうです。“もうライブは無理かな…”と嘆くこともありました」

体調を崩し、精神的に不安定になったという。知人は「どうしてもステージに立ちたいという思いがかなわず落ち込んでいた」

加瀬さんは声帯除去手術を受けた後、呼吸用のチューブを喉に通して生活していた。捜査関係者によると、加瀬さんはこのチューブをふさぎ、自殺したとみられる。

訃報【加瀬邦彦】1941東京生れ、【ザ・ワイルドワンズ】のリーダー。デビュウ曲「思い出の渚」が大ヒット。71年の解散後は沢田研二のプロデューサーとして活躍し、作詞家の故安井かずみと組みヒットを連発。「危険なふたり」は沢田にとって初のオリコン1位となりソロ活動を軌道に乗せた。

【訃報】ザ・ワイルドワンズの加瀬邦彦さん 74歳で死去 news.livedoor.com/article/detail… 2006年には40周年で武道館公演も開催。2012年にはももいろクローバーZの公演にも参加した。 pic.twitter.com/daynJmPiDT

加瀬邦彦氏、自殺の衝撃報。なぜ?ということは当然思い浮かぶが、加瀬さんは間違いなく、日本で最初に12弦ギターの音色、カリフォルニアサウンドへの着目を思いついた人だと思う。「思い出の渚」だけでは語りつくせないサウンドがワイルドワンズには溢れている。合掌。

【ザ・ワイルドワンズ】加瀬邦彦さん死去 「想い出の渚」GSで一時代 グループサウンズ「加瀬邦彦&ザ・ワイルドワンズ」のリーダーで音楽プロデューサーの加瀬邦彦(かせ・くにひこ)さんが自宅で亡くなっていた

■晩年は闘病

・食道がん

1994年、食道がんを発症。食道と胃の3分の2を摘出し、細くした胃とのどをつなげる手術を受けた。一度は寛解状態となり、2006年には結成40周年のライブを東京・日本武道館で行うまでに回復していた。

・咽頭がん

最初の食道がんについて「人生最大のピンチだった」と明かした加瀬さん。がんを克服し、「きっと次は良いことがあるだろうと、夢と目標を持って頑張ろうと思っている」とも語っていた。

食道がんを乗り越え、「人を幸せにする音楽」で団塊の世代を元気づけるザ・ワイルドワンズの加瀬邦彦さん がんになったことは、僕の人生の大きな財産です | がんサポート gansupport.jp/article/docume… @gansupportさんから

■楽曲

・想い出の渚

『想い出の渚』(おもいでのなぎさ)は、1966年11月5日に発売されたザ・ワイルドワンズのデビュー曲である。

想い出の渚

作詞:鳥塚繁樹/作曲:加瀬邦彦/編曲:森岡賢一郎

追悼・加瀬邦彦~ビートルズ来日公演がきっかけで生まれた「想い出の渚」 tapthepop.net/extra/28355

・ジュリー TOKIO 危険なふたり

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