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東京都世田谷区出身のプロサッカー選手。Jリーグ ディビジョン1・FC東京所属。日本代表。ポジションはミッドフィールダー(MF)及びフォワード(FW)。慶應義塾大学経済学部卒業。

3歳でバディスポーツ幼児園に入園後、4歳でバディサッカークラブに入部し、本格的にサッカーを始める。その後、小学校の6年間は同クラブで活躍し、6年生の時にはキャプテンを務める。
小学校4年時よりFC東京のスクールへも通い、2005年の中学校進学時から同クラブ下部組織に加入。

2007年のU-15高円宮杯で全国大会得点ランキング2位に輝いたことなどが評価され、2008年よりU-15からU-18へ昇格。脚力とフィジカルの強さを買われ、U-18ではDF(サイドバック)でも起用された。
攻撃的MFに戻った2010年(3年時)にはパワフルな仕掛けを武器にエースとして活躍した。この年、2種登録選手‎としてトップチームに登録されている。翌年からのトップチーム昇格を打診されていたが、大学進学を選択した。

慶應義塾大学経済学部へ進学し、ソッカー部に所属。1年時から7試合で6得点というハイペースで得点を量産するも試合中の接触により左膝半月板を損傷。目標としていた新人王及び得点王の獲得を逃した。
2012年6月、ユース時代を過ごした古巣FC東京に特別指定選手として登録され練習に参加。
2013年3月に行われたデンソーカップチャレンジサッカーでは、関東大学選抜Aとして出場し、2年生で唯一ベストイレブンに選出。その活躍が認められ、同月全日本大学選抜に選出され、ドイツキャンプ及びデンソーカップサッカー日韓大学定期戦に参加した。
同年7月、前年に続いてFC東京に特別指定選手として登録。同月6日のJ1第14節広島戦で途中出場し、Jリーグデビューを果たした。

ユース経歴
1996年 - 2004年 バディサッカークラブ(世田谷区立松丘小学校)
2002年 - 2004年 FC東京サッカースクール[3]
2005年 - 2007年 FC東京U-15深川 (世田谷区立桜丘中学校)
2008年 - 2010年 FC東京U-18 (慶應義塾高等学校)
2010年6月 - 12月 日本の旗 FC東京 (2種登録選手)
2011年 - 2013年 慶應義塾体育会サッカー部
2012年6月 - 2012年12月 日本の旗 FC東京 (特別指定選手)
2013年7月 - 2013年12月 日本の旗 FC東京 (特別指定選手)

プロ経歴
2014年 - 日本の旗 FC東京

京都府長岡京市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・ガンバ大阪所属。ポジションはミッドフィールダー、フォワード。日本代表。

男三人兄弟の末っ子として生まれ、上2人の兄がサッカーをしていたことに影響され、1歳半の頃から自然とボールに触れ始め、3歳ぐらいになると一人で公園に行き、ボールを蹴っていたという。
5歳になった1997年、地元の長岡京サッカースポーツ少年団(長岡京SS)に入団すると、小1のときに小4、小2のときには小5のチームに飛び級し、小4から卒業するまで毎年200点前後、合計600点以上の得点を挙げるなど、地元では「天才少年」として知れ渡っていた。

長岡京SSからガンバ大阪ジュニアユースに入団。
2006年の高円宮杯第18回全日本ユース選手権では、大会得点王となる10得点を挙げる活躍で、G大阪JYの高円宮杯ユース選手権初優勝に貢献。
JYの同期には大森晃太郎や昌子源らがいる。

中学3年次でガンバ大阪ユース(高校生年代)に飛び級で昇格すると、唯一の中学3年生ながらレギュラーに定着し、同年の第31回日本クラブユースサッカー選手権優勝に貢献。
2008年の高校1年次には背番号「10」を背負い、同年12月の第16回Jユースカップ決勝セレッソ大阪U-18戦では、2点ビハインドの状況からPKを獲得し、逆転後には4点目のダメ押しミドルシュートを決めるなど2得点に絡む活躍でG大阪ユースの6年ぶり4度目のJユースカップ優勝に貢献するなど、数多くの活躍を見せたことからG大阪下部組織の「史上最高傑作」と称された。

ガンバ大阪のトップチームにクラブ史上初となる高校2年次での飛び級で昇格。

ユース経歴
1997年 - 2004年 長岡京サッカースポーツ少年団
2005年 - 2006年 ガンバ大阪ジュニアユース(長岡京市立長岡中学校)
2007年 - 2008年 ガンバ大阪ユース(向陽台高等学校)

プロ経歴
2009年 - ガンバ大阪
2011年7月 - 2012年5月 ドイツの旗 バイエルン・ミュンヘン(レンタル移籍)
2012年5月 - 2013年5月 ドイツの旗 TSG1899ホッフェンハイム(レンタル移籍)
現在 - ガンバ大阪

代表歴
U-13日本代表
U-14日本代表
U-15日本代表
2007年 - AFC U-16選手権・予選(4試合2得点)
U-16日本代表
2008年 - AFC U-16選手権 (ベスト4 / 4試合2得点)
U-17日本代表
2009年 - FIFA U-17ワールドカップ (グループリーグ敗退 / 3試合0得点)
U-18日本代表
U-19日本代表
2010年 - AFC U-19選手権(ベスト8 / 3試合3得点)
U-20日本代表
U-22日本代表
U-23日本代表
2012年 - トゥーロン国際大会(グループリーグ敗退 / 2試合2得点)
2012年 - ロンドンオリンピック(4位 / 4試合0得点)
日本代表
2015年 - キリンチャレンジカップ2015

青森県出身のプロサッカー選手。Jリーグ・鹿島アントラーズ所属。ポジションはMF(ボランチ/攻撃的MF)。日本代表。

地元の野辺地SSSへ参加し、サッカーを始める。
小学6年の時に県大会優勝に貢献するなど、この頃から県内では名が知られていた。
青森山田高校サッカー部の黒田剛監督は「一人だけ次元が違った。小学生なのにあれだけ周りが見えていて、プレーに変化をつけることが出来る」と、当時の印象を語っている。

柴崎は中学から親元を離れて青森山田中学に入学。
中学3年でレギュラーの座を獲得すると、全国中学校サッカー大会でチームを準優勝に導く原動力となった。

青森山田高校に入学すると1年生にして、チームの司令塔として背番号10を背負う。
2010年、2年生の時には1学年先輩である椎名伸志とボランチを組み、櫛引政敏らと共に第88回全国高等学校サッカー選手権大会で準優勝の成績を収めた。
大会後、高校2年生の時点で鹿島アントラーズと仮契約し、2011年1月19日に正式契約を交わした。

代表歴
U-17日本代表
2009年 - FIFA U-17ワールドカップ(グループリーグ敗退)
U-22日本代表候補
日本代表
2015年 - AFCアジアカップ2015(ベスト8)

ユース経歴
野辺地SSS
2005年 - 2007年 青森山田中学校
2008年 - 2010年 青森山田高校
プロ経歴
2011年 - 現在  鹿島アントラーズ

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