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絶対にあきらめない!! 前十字靭帯断裂から復活したスポーツ選手たち【ACL】

不屈の闘志で復活!選手生命を奪いかねない大怪我から復帰したスポーツ選手をまとめています。同じ怪我に苦しむアスリートのモチベーション維持になれるようなまとめです!

更新日: 2018年08月12日

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この記事は私がまとめました

Tyler.Kさん

まず前十字靭帯ってなに?

前十字靭帯(ぜんじゅうじじんたい、Anterior Cruciate Ligament; ACL)は、膝関節の中にあって大腿骨(太ももの骨)と脛骨(すねの骨)を結ぶ強靭な紐で、関節を安定に保つ支持機構をいう。脛骨が前方へ変移する(ずれる)ことを防ぐ。

前十字靭帯断裂・損傷はなぜ起こる?

靭帯損傷の原因の多くはスポーツの際の受傷と交通事故です。スポーツでは、バスケットボ―ルやバレーボールでジャンプから膝が内に入るような着地した際に痛めることがよくあります。また、スキーもよく靭帯を痛める競技の一つです。そのほかにラグビーや、フットボールなど接触プレーの多い競技でも膝の靭帯を痛めることがあります。

膝部位にある前十字靭帯は単独での損傷は少なく、たいていは他の器官(半月板、内側側副靭帯など)の損傷を伴うことが多い。

デリック・ローズのACL負傷時の動画です。
痛々しいので、リハビリ中の方は観ないでください。

どのくらいで治るの?

受傷してから復帰までの目処は、個人によって様々ではあるが、平均して6か月から1年程度である。

スポーツ選手の場合、この長いリハビリ期間が辛く感じられます。

石原直樹は前十字靭帯か… ゆっくり休んでしっかり治して、帰って来てから猛アピール期待してます!

前十字靭帯断裂から復帰したスポーツ選手一覧

2010-2011年シーズンに史上最年少でシーズンMVPを獲得。
しかし、翌年のプレーオフで左膝前十字靭帯を断裂。
その後も故障に苦しんでいたが、2014-2015年シーズンに復活。
現在もNBA屈指のPGとして活躍中。

生まれて初めて1年近く休むような大きな故障をしたことで、ローズは選手としての自分を見つめなおし、食生活からトレーニング方法まで、一から見直し、改善したという。それまで本能だけでプレーしていたのを、映像で自分や相手を熱心に研究するようにもなった。
「故障前より効率のいいゲームができるようになると思う」とローズは語る。

元バレーボール日本代表センター(ミドルブロッカー)。
2011年に右膝前十字靭帯を損傷の大怪我を負ったが、2012年に復帰。
その後、ロンドン五輪で28年ぶりのメダルとなる銅メダル獲得に貢献した。

ケガをしたのは痛かったし、つらかったけど、(ケガを)してしまったのはしょうがないし、五輪に間に合わせるために手術すればいい。そこまでは迷いもなかったんです。でも術後の痛みが強かったり、膝が曲げられない時には、さすがに『何で今なんだろう』という思いも消えませんでした」

「悔しさもあったけど、いろんな立場からチームを見ることができたのはプラスになりました。復帰に対する思いも強くなったし、戻ったら自分がどうプレーすればチームに貢献できるか。今までとは違う視点で考えられるようになりました」

歴史に残る強打者であり、侍ジャパン監督。
2003年の春季キャンプで右膝前十字靭帯断裂し、シーズンを棒に振った。さらに翌年には巨人に無償トレードされたが、見事に復活を遂げている。
過去に本塁打王、打点王を獲得している。

「あの試合、本当は休みだったんですよね。でも西武戦だったから出してくれって言って出て、信彦(松中)のツーベースでホームに突っ込んだんです。その後、なんでキャッチャー自分の上に乗るんやとか考えてしまった。それまでそういうことで人を恨んだりしたことはなかったのに。でも、あの時はもう『人生に無駄は一つもない』という人生観がある程度できあがっていました。人生で自分に降りかかってくることは必然であり、必要なこと。だから、しんどいときに、いかに自分がベストで前向きな選択をしていくかだと。だから最初はへこみましたが、このケガから何かを学ぼうと思ったんです」

「アメリカで、最新のコアバランス・トレーニングに出会ったんです。それで、下半身のリハビリと、1年かけて体幹を鍛えることができた。もしあのままレギュラーで試合に出ていたら、1年間かけて体を治したり作ったりする時間はなかったでしょう。重いウエイトで筋肉をガンガン大きくするトレーニングも改めました。食事面を含めてそれまでやっていたことを続けていたら、たぶん41歳までプレーできていません。だからあの1年間は、いろんな意味で大きかったですね」

バンクーバー五輪にて金・銅2つのメダルを獲得した、アメリカを代表する選手。
2013年の世界選手権で右膝前十字靭帯を断裂し手術したが、術後にまたしても負傷、ソチ五輪を捨てて2度目の手術を行った。その後、2014年に見事復活を遂げている。

リハビリの最初の2ヶ月は厳しかったわ。やれることが限られていたし。ベッドに寝たきりで痛みもあった。最悪だったわね。でも脊髄損傷に苦しみながら、人生を取り戻そうしている人たちを見れば、私がいかにラッキーなのかが分かるし、彼らこそが真のヒーローだってことが理解できるの」

前人未到の五輪3連覇を達成している柔道家。
4連覇を狙った北京五輪の前年2007年に右膝前十字靭帯断裂。
その後手術し、現役を続行。2015年8月をもって引退した。

暗転したのは、'08年4月のことだ。北京五輪代表の選考大会である全日本選抜体重別選手権準決勝で敗れたのだ。この結果、五輪代表から外れ、五輪4連覇の夢も潰えた。
 このとき33歳。敗れた直後には「引退へ」と報道が流れた。だが、野村の心は違った。
 実はその前年、右膝前十字靱帯断裂の重傷を負っていた。「間に合わなくなるから」と手術せずに練習を続けていたが、本来の調子とはほど遠い状態にあった。そのため、敗れた試合では、どこか力をセーブしたきらいがあった。それが不完全燃焼となって残った。

 以前、その試合を振り返る中で、野村は言ったことがある。

「俺はあんなもんじゃない。負けたあとに考えて、自分の力はもう通用しないという答えが出てこなかった」
「自分自身と柔道を裏切った」
 だから、引退という文字も、心に浮かばなかった。

角界の人気者、元小結高見盛。
2000年秋場所で右膝前十字靭帯断裂の大怪我を負うが、その後、復活。取組前のパフォーマンスで人気を確固たるものとした。

ブチブチ、と音がしたことは今でも忘れられません。同愛記念病院で診断してもらうと前十字靱帯(じんたい)が断裂していて、「すぐに手術しなければ、歩くこともできなくなる」と言われました。目の前が真っ暗になりました。
休場しましたが、病室から国技館が見えて、つらいものがありました。手術後しばらくは足が動かせなかったし、リハビリしていても自分の体という実感がなくて、二度と相撲がとれないのではないかと真剣に悩みました。

休んでいる間に曙関が引退して、あれだけ強い人でも引退するんだなとしみじみと感じて、どうせならぼろぼろになって、完全にぶっ壊れてから引退しても遅くはない、とことんまでやってやろう、と思うようになりました。

W杯優勝メンバーで、代表通算100キャップを誇るSB。
W杯後の2012年に右膝前十字靭帯断裂及び半月板損傷の大怪我を負うが、翌年復活。
アーセナル・レディースに移籍した。

「休むようなけがをしたことがあまりなかったので、自分がけがをするとは思ってもいなかった。自分と向き合う時間ができたし、ここから絶対にやってやると思っていた。リハビリというより、サッカーとそれだけの時間を離れてしまう。それが一番つらかった。自分はサッカーがこんなに好きだったんだなあと実感した」

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