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mototchenさん

木村政彦のいかなる攻撃も受け止め得意技で勝つ

このように相手が押し返してくるところを狙ったりすると、相手がこちらの思うとおりに反応してくれないと投げることはできない。また、一度はかかっても、手の内がわかると二度とかからない。つまり、絶対に投げることができるわけではなく、相手が反応しないグレーゾーンがあるのである。投げることができるかどうかは運でしかないのだ。こういう柔道を木村は”だます柔道”と呼ぶ。そして、この”だます柔道”を排除することによってしか本物の強さは身につけられないと木村は考えた。どんな体勢だろうと、こちらが投げたいときに投げることができなければ、それは本当の技とは言えない。機敏に動き、相手の機先を制すことも否定した。相手の技を真正面から受け、それを跳ね返す力を求めた。つまり、変化球のような兵法を使わず、技そのものを磨き上げて、直球勝負で勝ちたかった

『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』p93-94

得意技ではなく、相手の虚をつく

この写真、左奥の髭のマッチョ紳士が三船久蔵。
明治16年4月生まれらしいので記載が正確なら、この時点で24歳か。
(三船さんゆかりの北大OBの方より提供)
ちなみに身長は159cm。

相手を倒す柔道だから、久蔵は立技の方が性に合っていた。が、得意技は持たない。勝敗は相手の虚(弱点)を衝き、迅速に動いて敵を倒すことで決まる。得意技があったとしても、相手はその技に入るかたちになってくれるとは限らない。そのかたちを作ろうと努めれば、そこに虚が生じて、相手につけ込まれる。体の動きは千変万化ゆえ、お互いに多様な虚を作り出す。その虚に適応した技を繰り出した方が、勝を得ることになる。久蔵はそう考えるから、得意技を作ろうとしなかった。多くの技を研究し、生涯に一度しか遣うことがなくても、それでよい、と思っている

『「柔道の神様」と呼ばれた男』p99

三船久蔵が負けたのって、小沢治三郎に喧嘩で負けたのと、牛島に投げられたのと、舩成金・内田に締め落とされたのと…くらいしか知らないな

@baritsu ここに名前のある岩淵信です。 urx.nu/iZFe 1922年頃に内股で1回、日を置いて投げられた三船が「岩淵の内股はこうよけるんだ」と挑んで来て内股掛けたら抱き付いてきたので巻き込みで投げたそうです。 で、同じ技でもう1回w

手元にあるの見たらありました。稽古で三船を投げたら紅白試合で5人抜きしても昇段させてもらえなかったとか、投げ裏の形を作ったからかけて見ろと言われて投げちゃった「三船は大ぼら吹きだよ」て話ですねw @Leo_thunderbolt

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