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『3月のライオン』監修 プロ棋士・先崎学ってどんな人?

個性豊かな人々が集う将棋界。とはいえ、大人気作家作品を監修するとなると、やっぱり真面目なタイプの棋士ではないか?と誤解している人のためのまとめ。映画『聖の青春』のモデル・村山聖九段とのエピソードも。

更新日: 2018年09月15日

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aku1215さん

先崎 学(1970年6月22日 -)

将棋棋士。米長邦雄永世棋聖門下。棋士番号は185。青森県生まれ。いわゆる「羽生世代」と呼ばれることがある棋士の一人。

出典 - Wikipedi

3月のライオンで素敵なのはどんな人間にも歴史があるって事を毎回丁寧に描いてる事。作者のキャラ愛感じるなぁ。昔の少女少女漫画は苦手なんだけどこれは読めるってか内面を描かせたら随一なんじゃないかな。別に将棋マニアでもないのに先崎学のコラムが毎回異様に面白い!

実は大酒飲み。キャリアは小学生から。

対局が終わったら一杯、気の合う人と出会ったら一杯。流し込むように飲んでしまいます。まあ、いつもこういう飲み方なのですが。寿司なんか食べると、どうしても大酒を飲まなければならないですから(笑)。

同世代の棋士に強くて嫌な奴がいるんです。佐藤康光九段。将棋では呑めないから、酒で飲み倒してやることにしています(笑)。

本人曰く当時は「奨励会の先輩に誘われて雀荘デビューした」影響で「週に3、4回徹マンする」生活だった。他にも酒をおぼえ、古本屋で万引きした経験も告白しており、少しぐれていたらしい。

実は麻雀好き。子供の頃から株式に興味を持つ天性のギャンブラー。

優勝した先崎さんですが、最後は、さすが将棋棋士の先を見据えた一打ともいえる見事な手順でメンホンを決められ、終始安定した内容の麻雀を打たれていたように思います。

師匠の米長先生は「あの子は朝一番で新聞の株式欄を読むんですよ…。」「変わっているでしょう…。」と言っていました。

実は奥さんが囲碁界のアイドル!

穂坂繭

昭和44年10月20日生。兵庫県出身。小林光一名誉棋聖門下。平成2年入段、6年二段、14年三段。将棋棋士の先崎学九段は夫。日本棋院東京本院所属。

類は友を呼ぶ、か・・・実はサイバラのお友だち

かつては天才と呼ばれた男・・・実は羽生より強かった時代も

1979年「よい子日本一決定戦 小学校低学年の部」で優勝。準優勝は同い年の羽生善治。同い年の羽生善治・森内俊之・郷田真隆は、先崎より1年遅く入会。入会から10ヶ月、まだ小学生のうちに2級まで昇級し、天才」「天才先崎」のニックネームが付く。

実は将棋界一の文才の持ち主。著作多数。

村山聖への追悼文に先崎の人柄が表れている。実はいい奴、たぶん。

一年くらい前、彼が、今まで指した将棋の実戦集を出したいといい出し、ついてはどうしても僕に代筆を頼みたいといっているとの噂が入った。断ろうと思ったが、彼の迫力を感じ、迷いに迷った。迫力というのはややこしい言葉だが、ありていにいってしまえば、彼は、死期を悟っているなと思った。

深夜の居酒屋で、郷田、中田功と激論を交しながら、気合で書くことに決めた。 「彼が死ぬと思うから俺は書くんだ」酔った勢いで僕は叫んだ。横で中田功がボロボロ泣いていた。

村山聖には志があった。名人になりたいというでっかい志が。と同時に普通の青年として生きたいという俗人としての欲望もまた強かった。 強く、せつなく、そして優しく悲しい男だった。

今この文章を読んだ方は決して忘れないで頂きたい。そして語り継いで頂きたい。平成初期の将棋界を駆け抜け夭折した男は、将棋の天才だったと。と、同時に人間味溢れる青年だったと。

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