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ドリカム吉田美和、元旦那との不倫略奪結婚&再婚の真相が泣ける…

ドリカム吉田美和(50)の結婚相手についてや、2015年5月6日にハワイで行われた「50才記念ライブ」の裏にあった元夫との死別エピソード、それに対する2chの反応などをまとめました。

更新日: 2015年05月15日

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simazakiさん

ドリカム吉田美和(50)の結婚相手についてや、2015年5月6日にハワイで行われた「50才記念ライブ」の裏にあった元夫との死別エピソード、それに対する2chの反応などをまとめました。

吉田美和(50)の結婚相手

元夫:9歳年下の映像ディレクター末田健(享年33歳)

末田には妻子がいたが、不倫略奪の末に、2004年に結婚(事実婚)を発表。2007年に胚細胞腫瘍のため死去し、死別。

現夫:20歳年下の「FUZZY CONTROL」ボーカル鎌田樹音(2015年5月時点で30歳)
2012年3月8日に再婚。

吉田美和 プロフィール

芸名・本名:吉田美和(よしだ みわ)
別名:MIWA、DREAMS COME TRUEのボーカル
職業:シンガーソングライター
生年月日:1965年5月6日
出身地:北海道中川郡池田町
出身小学校・中学校:池田町立池田小学校、同池田中学校
最終学歴:北海道帯広柏葉高校卒業
身長:162cm
血液型:A型
子供:なし
レーベル:DREAMS COME TRUE

吉田美和の元夫・現夫について

映像ディレクターの末田健( 2007年33歳没)を不倫略奪し、事実婚

2003年3月、交際中であった映像ディレクター、末田健の離婚が成立。末田は吉田の9歳年下で、一児を持つ既婚者であった。

2004年5月、入籍はしない事実婚という形での“結婚”を発表。

2007年9月26日、末田が胚細胞腫瘍のため死去。

▽末田健(すえだ たけし)
職業:映像ディレクター
生年月日:1974年
没年月日:2007年9月26日

▽人物
東放学園専門学校放送芸術科卒業。m-floや大塚愛などのPV監督として活躍。1997年に株式会社セップ(SEP)に入社し、ミュージックビデオを中心とした映像制作に携わるようになる。吉田との出会いもDREAMS COME TRUEのミュージックビデオ製作の場であった。

FUZZY CONTROLの鎌田樹音と再婚(法律的には初婚)

2012年3月8日、ロックバンド「FUZZY CONTROL」のボーカルをしている19歳年下の鎌田樹音と結婚。

本名:鎌田樹音
芸名:JUON
職業:FUZZY CONTROLのヴォーカル&ギター担当
生年月日:1985年3月8日生まれ
出身地:沖縄県
血液型:AB型
利き腕:左利き

母親は女優でシンガーソングライターの「りりィ」(63歳)

FUZZY CONTROL(ファジー・コントロール)とは

・日本のスリーピースオルタナティヴ・ロックバンド
・現在はドリカムの中村正人・吉田美和がエグゼクティブプロデューサーを務めるレコード会社に所属。
・DREAMS COME TRUEライブのサポートメンバーとしても活動している。
・FUZZY CONTROLは、これまでもツアーメンバーとしてドリカムをサポート。2009年のNHK紅白歌合戦ではサポートミュージシャンという形で共演をしている。

吉田美和 50才記念ライブの裏に夫との死別と新たな決意あり

ハワイ・ホノルルから西に車で約1時間。ハワイ語で「喜びの結晶」という意味の「コオリナ」と名づけられたこの場所は、古代ハワイアンの王族たちが保養地として使い、強力なパワースポットも多く存在する。なかでも北西の地域は、「天国と大地が出合う場所」と呼ばれている──。

 5月6日(日本時間7日)、『Dreams Come True』(以下、ドリカム)のボーカル・吉田美和の50才を祝うスペシャルライブがコオリナで開催された。このハワイライブの話が持ち上がったのは、昨年末のことだった。

「吉田さんとスタッフが“50才の誕生日をどう過ごすか”と話していたときに、“ハワイでのんびり”という案が出たのがきっかけでした。ただ、のんびりするだけじゃ物足りないから、“じゃあ、ついでにライブもやっちゃいましょう!”ってなったんです。でも、吉田さんは真剣でかなり気合が入っていて、現地でも入念にリハーサルを繰り返していました。なぜなら、この場所でライブをすることが、吉田さんにとって大きな意味を持っていたからなんです」(音楽関係者)

『うれしい!たのしい!大好き!』、『未来予想図II』など、リアルな心情を描いた楽曲が多くの女性から支持されトップアーティストへと駆け上がっていった吉田。そんな彼女の隣にはひとりの男性が寄り添っていた。2003年1月に半同棲熱愛が報じられた、9才年下の映像ディレクター・末田健さん(享年33)だ。

 2003年4月、末田さんの離婚が成立すると、翌2004年5月、吉田はファンクラブのホームページで末田さんとの“結婚”をこう発表した。

《籍を入れるわけでもないし、でも心意気は「共に白髪が生えるまで」だからさっ!》

 ところが“白髪”を待たずしてふたりは引き裂かれることになる。体調不良を理由に2007年3月に映像制作会社を退社した末田さんの体は、胚細胞腫瘍という病魔に蝕まれていた。頭痛や意識障害、嘔吐といった症状を訴える末田さんのため、吉田は自宅に医療機器を設置して必死の看病に努めた。

 しかし病状はみるみる悪化し、同年8月に緊急入院。同時期に全国ツアーを予定していた吉田の頭には、「中止」の2文字もよぎったが、病床の末田さんから「ツアー楽しみにしているよ」「頑張ってきて」と背中を押されたことで開催を決意した。

 病室とコンサート会場を往復する不眠不休の状態ながら、2007年9月23日、吉田はツアーをやりとげた。最終公演後にはその足で病院に向かい、つきっきりの看病を続けた。しかし3日後の9月26日、吉田に見守られながら末田さんは息をひきとった。病院の廊下には、別れを受け入れられない吉田の絶叫が響きわたったという。

 彼の死から約3か月後、吉田はレコーディングスタジオに姿を現すようになった。

「メソメソしていても彼は喜ばないし、歌っている私が好きだと思うから。歌えるってすごいことだと思うもん」

 彼女が立ち直れたのは、現在の夫で『FUZZY CONTROL』のボーカル&ギター・JUON(30才)との出会いがあったからだった。

 周囲から“音楽バカ”と呼ばれ、自身の体験や身の回りに起こったことをなんでも歌にしてしまう音楽に対する彼のまっすぐな姿勢は、吉田に「私は歌うために生まれてきた」ということを再び思い出させてくれた。そして一緒に作り上げたのが、『その先へ』という曲だった。

《人生の意味なんて知らない 開き直りでも何でもいい 眠れない夜の 悲しみの海の 出口の見えない暗闇の その先へ》

 そんな歌詞は、末田さんとの悲しい別れを乗り越え、JUONとともに生きていこうとする吉田の決意だったのかもしれない。

 そして2012年3月、吉田はJUONと入籍したことを発表した。当時JUONはバンドのホームページでこう誓った。

《全身全霊を賭けて彼女を守り幸せにします。見ていて下さい》

 それはまるで、末田さんとの男同士の約束でもあるかのようだった。そしてJUONはその言葉通り、公私にわたって吉田を支え続け、今回のハワイライブでも同じステージに立ち、彼女と一緒に『その先へ』を歌った。

 ライブ後、吉田は自身の家族とJUON、そして彼の家族を集めた食事の場で、こう感謝の言葉を贈ったという。

「二度と歌えないと思ったけど、皆さんの支えのお陰でまたステージに立てました。ありがとう」

※女性セブン2015年5月28日号

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