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充電器いらず 空気から充電が驚きのiPhone 6ケース登場

充電器いらず 空気から充電が驚きのiPhone 6ケース登場  Nikola Labs 二コララボ

更新日: 2015年05月17日

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ilfkazuさん

充電器いらず 空気から充電が驚きのiPhone 6ケース登場

ニコラ・テスラはワイヤー上に電気を送る方法を開発した。ハインリヒ・ヘルツは無線で送電できることを証明した。しかし、われわれは21世紀のデバイスに動力を与えるのに今でも19世紀のテクノロジーを使っている。

今日のスタートアップアレイで、TechCrunch編集部と来場者によって「ワイルドカード」に選ばれて壇上で発表したこの会社は、無線周波数をDC電気に変換し、電源として使えると彼らが主張する装置を開発した。

今日(米国時間5/4)彼らは、このテクノロジーを使った最初の製品を発表した。iPhone 6用のケースだ。端末が携帯通信信号を発信するために発生する際無駄になっている90%のエネルギーを変換して端末に戻すことによって、iPhoneを最大30%長く使える。

注:これは外部バッテリーではなく、受動的にのみ働く。要するに、元々端末が発生させている周囲の無線周波数エネルギーを再収穫するものだ。

いみじくもNikoka Labsは、ニコラ・テスラ自身が住み、最終的に息を引き取ったその建物の中で製品を発表した。

二コラテスラが作ったテスラコイルが原点に

1856年7月9日深夜、オーストリア帝国(現在のクロアチア西部)リカ=コルバヴァ県ゴスピチ (Gospić) 近郊の村スミリャン (Smiljan) で生まれる。父母はセルビア人で、父はセルビア正教会司祭。姉が2人、兄デン(12歳で馬に蹴られた事故死といわれている)、妹が1人。兄を失った5歳の頃から幻覚を頻繁に見るようになったとされる。また、「テスラ以上の神童」と呼ばれた兄を上回るために勉学に励み、特に数学において突出した才能を発揮したとされる。

1880年、グラーツのポリテクニック・スクール在学中に交流電磁誘導の原理を発見する。1881年に同校を中退し、ブダペストの国営電信局に就職。23歳でプラハ大学を卒業したらしい(その後、エジソン社のフランス法人に勤めたともされている)。

1884年にアメリカに渡り、エジソンの会社・エジソン電灯に採用される。当時、直流電流による電力事業を展開していた社内にあって、テスラは交流電流による電力事業を提案。これによりエジソンと対立し、1年ほどで職を失うこととなる。

1887年4月、独立したテスラは、Tesla Electric Light Company(テスラ電灯社)を設立し、独自に交流電流による電力事業を推進。同年10月には交流電源の特許を受諾されている。

1888年5月16日、アメリカ電子工学学会でデモンストレーションを行い、それに感銘を受けたジョージ・ウェスティングハウスから100万ドルの研究費と、特許の使用料を提供されることとなった(契約には、特許の将来買取権が含まれていた)。

テスラの発明した交流発電機は、ウェスティングハウス・エレクトリック社によりナイアガラの滝の発電所に取り付けられた。これは三相交流25サイクルによるものであった。また同年には循環磁界を発見。超高周波発生器を開発する。だがウェスティングハウス社技術陣の中でも孤立し、1年で離れることになる。

1891年、100万ボルトまで出力できる高圧変圧器を発明。

1893年、無線トランスミッター発

ニコラ・テスラ(セルビア語ラテン文字表記・英語:Nikola Tesla/セルビア語キリル文字表記:Никола Тесла、1856年7月10日 - 1943年1月7日)は、19世紀中期から20世紀中期の電気技師、発明家。交流電流、ラジオやラジコン(無線トランスミッター)、蛍光灯、空中放電実験で有名なテスラコイルなどの多数の発明、また無線送電システム(世界システム)を提唱したことでも知られる。磁束密度の単位「テスラ」にその名を残す。

8か国語に堪能で、詩作、音楽、哲学にも精通していた。

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