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真琴つばささんデビュー30周年

歌手で女優の真琴つばささんの芸能生活をまとめました。元宝塚歌劇団、月組のトップスター。TAKARAZUKA1000days劇場、東京宝塚劇場と、二つの劇場のこけら落とし公演を務めた。同期に轟悠、愛華みれ、鮎ゆうき、稔幸、夏河ゆら、光樹すばる、貴柳みどり、香坂千晶、華陽子、朝霧舞、山岡三子らがいる。

更新日: 2018年05月22日

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akane_u-.-u_さん

宝塚時代

1983年、第71期生として宝塚音楽学校に入学。

実践女子大学に内部進学し、入学式にも出席したが翌日が宝塚合格発表だったため、大学を1日で中退し宝塚音楽学校に入学した。

1985年、宝塚歌劇団に入団。花組『愛あれば命は永遠に』で初舞台。

同期に元雪組トップスターの轟悠、元花組トップスターの愛華みれ、元雪組トップ娘役の鮎ゆうき、元星組トップスターの稔幸らがいる。
同年、花組に配属。当時の花組には1期下の香寿たつき・紫吹淳、2期下の匠ひびき・姿月あさとなど有力なスター候補がひしめき、後に本人自ら「暗黒時代だった」と語ったほどである。しかし1991年最後の『ヴェネチアの紋章』新人公演では、この公演で退団した大浦みずきの口添えにより、初めて主役に抜擢された。

1993年、『ル・グラン・モーヌ』で宝塚バウホール公演初主演を果たした後、月組に組替え。男役スターとしての地位を確立した。

『風と共に去りぬ』のスカーレット、『ミー・アンド・マイガール』のジャッキーなど、1年あまりにわたって女役が続いた。

1997年、前任者・久世星佳の退団に伴い、『EL DORADO』で月組トップスターに就任。他組出身者のトップスターは1973年就任の大滝子以来24年ぶりだった。

当初の相手役は風花舞。

1999年、風花の退団により、新たな相手役として檀れいを迎える。中国公演や『LUNA-月の伝言-』でのアドリブなどをこなし、『THE 夜もヒッパレ』など多数のテレビ番組に出演。

真琴つばさ・大空祐飛・大和悠河・汐美真帆・霧矢大夢

真琴つばさ・大空祐飛・大和悠河・汐美真帆・霧矢大夢

'00年月組・宝塚大劇場。作・演出は三木章雄。真琴つばさ、檀れい、香寿たつき(専科)、初風緑(専科) 他。

この時代は真琴を含め5組中4組のトップスターが同期生という時代だった(花組・愛華、月組・真琴、雪組・轟、星組・稔)。

同期が4組のトップを飾るというのは、宝塚の史上初であった。

愛華みれ, 真琴つばさ, 轟悠, 稔幸, 和央ようか
5組のトップスターが共演している超貴重映像!

在団中に、TAKARAZUKA1000days劇場、東京宝塚劇場と、二つの劇場のこけら落とし公演を務めた。

「こけらの女」とご自身でおっしゃってました。

TAKARAZUKA1000days劇場こけら落とし公演
月組『WEST SIDE STORY』(1998年5月30日~7月6日、主演:真琴つばさ)

新・東京宝塚劇場こけら落とし公演(2001年1月1日~2月12日)は真琴つばさ、紫吹淳、檀れいを中心とする月組公演。祝典歌舞「いますみれ花咲く」(植田紳爾作、演出)と宝塚グランド・レビュー「ばらの騎士」(木村信司脚本、演出)の2本だて。

2001年、『愛のソナタ/ESP!』大劇場公演(※日程の都合上東京公演が先で大劇場が後)にて退団。

退団については「頼もしい下級生がいっぱいいるし、早くバトンタッチした方がいいと思った」と後進に道を譲るのが理由という。一方、退団後については「女優になる気はないし、なれないと思う。芸能界に入る気もありません」と白紙であることを強調。
「ただ、働かないと食べていけないのでコンビニにでも就職しようかと思っている」という真琴らしいジョークも飛び出した。真琴は「小さいころからの宝塚ファン。宝塚生活は自分のなかの一生のような気がしている」という真琴。これからの宝塚に対しては「どんな状況になっても、素直な気持ちと宝塚が好きだという気持ちを忘れないようしてもらいたい」と愛情あふれる注文をつけていた。

真琴つばさの退団作品。'01年月組・宝塚大劇場。構成・演出は酒井澄夫。演出は木村信司。真琴つばさ、檀れい、紫吹淳、汐風幸(専科) 他。

恒例のパレードには約10000人のファンが花の道を埋め尽くした。

宝塚退団後

現在は歌手・女優として活躍する傍ら、バラエティ番組を中心にテレビ番組出演も続けている。

2012年4月2日から6月29日まで東海テレビ制作によるフジテレビ系列の昼の帯ドラマで放送された。

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