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Perfumeの下積みの苦労話とのっちの卒業文集が泣けてヤバいと話題に

Perfumeの下積みの苦労話とのっちの卒業文集が泣けてヤバいと話題に

更新日: 2019年07月07日

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Perfumeは下積み時代に苦労している

Perfumeは結成当初、広島のローカルアイドルだった。
当然ながら知っている人はほとんどいなかった。
そんな中初のライブを開催することになった。
お客さんを呼ぶため、2週間にわたり、毎日ビラを300枚配り続けて、「ライブを見に来てください」と言い続けたころがあった。
配ったビラをすぐ捨てられたりし、踏まれたりされることも多かったという。

ファンが少なくても前向きに活動していた

そのライブ当日、足を運んでくれた人は、たったの2人であった。
「あんなにやったのに、こんなに無力なんだ。」と自分たちの無力さを知ったという。

だけど見てもらえないのが当たり前だと思っていたため、
「2人も来てくれた。次はもう1人来てもらえるように頑張ろう。」
と前向きに考えていて、苦はなく楽しかったことだったと語っている。

上京後も苦労が続いていた

上京から約4年間、BEE-HIVEプロジェクト(アミューズの新人タレント育成プロジェクト)に所属。
また、楽曲も中田ヤスタカ氏がプロデュースすることとなり、いままでと180度の転換をはかられることとなった。
今までやってきたことが否定されたようなもので、正直悲しかったという。
厳しいレッスンをこなし、秋葉原などで地道に路上ライブ等をこなす日々を送っていた。
けどなかなか振り向いてくれる人は増えなかった。

3人が大学に進学したのもマネージャに勧められたからであって、アイドル1本ではやっていけない、3人の将来も考えるべきという想いがあった。
本人達はアイドル1本でやっていきたい気持ちはあったが、正直悲しい現実であったという。

のっちの卒業文集が泣けると話題になっている

アクターズスクール広島の記念すべき1期生でPerfumeが出てきて本当によかった
1期生から誰も出てこなかったら今みたいな繁栄があったかどうか

のっちは素直な子だったからな
ビーハイブの映像や最初のレコーディングドキュメンタリー見ればよく解る

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