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◆吃音ってなに?

吃音について

1.症状

 吃音(きつおん、どもり)は、話し言葉が滑らかに出ない発話障害のひとつです。単に「滑らかに話せない(非流暢:ひりゅうちょう)」と言ってもいろいろな症状がありますが,吃音に特徴的な非流暢は、以下の3つのどれか1つ以上が見られることです。

音のくりかえし(連発)、例:「か、か、からす」
引き伸ばし(伸発)、例:「かーーらす」
ことばを出せずに間があいてしまう(難発、ブロック)、例:「・・・・からす」
上記のような、発話の流暢性(滑らかさ・リズミカルな流れ)を乱す話し方を吃音と定義しています (ICD-10, WHO)。

◆吃音(きつおん・どもり)についての記事を書いている、近藤雄生(こんどうゆうき)さんの記事を紹介

◆吃音(きつおん・どもり)についての記事を書いている、近藤雄生(こんどうゆうき)さんの記事を紹介
http://www.yukikondo.jp/about

一部の記事はダウンロード可能
http://www.yukikondo.jp/articles

吃音の記事の他にも
★著書:
『終わりなき旅の終わり さらば、遊牧夫婦』(ミシマ社)
『中国でお尻を手術。 遊牧夫婦、アジアを行く』(ミシマ社)
『遊牧夫婦』(ミシマ社)
『旅に出よう 世界にはいろんな生き方があふれてる』(岩波ジュニア新書)

★これまでのルポ、エッセイなどの執筆媒体:
「新潮45」「考える人」「G2」「芸術新潮」「週刊新潮」「PHPスペシャル」「中央公論」「世界」「週刊金曜日」「読売ウィークリー」「自然と人間」「望星」など、多数。

伝えることへの不安は、伝える喜びになる
PHPスペシャル 2015年10月号

ミーガン・ワシントンにとっての歌うことの喜びを、私は、自分のそんな経験に重ねて想像します。彼女は講演の中で言いました。/「私にとって、歌う時だけが唯一、流暢に話せると、感じられ、言いたいことを、そのまま、言葉にできる、瞬間です。歌は私に、大切な安らぎを、与えてくれるものなのです」/普段うまく伝えられないからこそ、歌で伝えることの喜びは彼女にとって本当に大きなものなのでしょう。そして、その思いが詰まっているからこそ、彼女の歌は人の心を動かすことができるのではないかと思うのです。

本日発売の『新潮45』12月号に、「吃音と生きる 6 極私的吃音消失体験」を書きました。今回は自分の過去についてです。読んでいただければ嬉しいです。shinchosha.co.jp/sp/shincho45/

『新潮45』連載「吃音と生きる 5 就職活動という大きな壁」が本日発売の7月号に掲載。今回は、吃音のある人に前向きなメッセージを届けたいという気持ちがありました。一人涙しながらも、道を切り開いていこうとする大学生の姿を描きました。 pic.twitter.com/iRTRGyktJx

新潮45 2016 7号にて『吃音と生きる第5』が公開されました。

吃音と生きる 5 ――就職活動という大きな壁
新潮45 2016年7月号

メガネの奥の眼差しを優しく崩して話す吉永を見ながら、私は思った。きっと彼は生徒たちにとってかけがえのない存在なのではないかと。自身の苦悩を正面から見せる吉永にだからこそ本音を言える。そんな生徒が必ずいるような気がするのだ。/八木が中高時代に必要としていたのも、吉永のような教員だったのかもしれない。/「先生は話す仕事だから、吃音があると難しいのではと思っていました。でも先生だからこそ、障害などを抱えた人がなることに意味があるのだとも感じます」/八木は吉永にそう言った。八木もまた、教員になるとすれば、彼だからこそ果たせる役割があるに違いない。「吃音があってもできる」のではなく、「吃音があるからこそできる」ことがきっとある。私はこのとき、そう確信した。

吃音と生きる 4 ――新人看護師はなぜ死んだか
新潮45 2015年9月号
姉はワークショップの壇上に立ち、吃音のあった弟が死に至る経緯について話をした。もともと警察官を目指していたものの、何度受けても面接でうまく言葉を発せないことから落ち続け、看護師を目指すようになった。そして看護学校に入り、三四歳でようやく看護師として初めて正規の仕事に就いたのに、そのわずか四カ月後に自ら人生に幕を下ろしてしまったのです、と。/その言葉には、大きな悲しみだけでなく、飯島が勤務していた病院への強い怒りが込められていた。/「弟が自死するまでに至ったのは、病院での新人教育が原因だったのではないかと私たち家族は考えています」/彼は、緊張する場面で吃音が強く 出た。指導者はそれを知りながら、同僚たちがいる目の前で話す練習をさせたり、患者の前で怒鳴ったりした。そうやってどもる弟に特にきつく当たり、彼を追い詰めていったようなのだ、と。

吃音と生きる 3 ――就労を阻む高い壁
新潮45 2015年8月号

「結局、数カ月で、辞めさせられました。うちの診療スタイルと、合わないとか、先生は小児の診療の、方が向いているから、とか言われましたが、話し方で、辞めさせられたのは、明らかでした」/時々少しだけ言葉を詰まらせながら竹内はそう言った。そして、ふとメガネを外すと目をこすった。「なんで涙が出てくるんだろう」。照れ笑いを浮かべ、一呼吸を置いてから話を続けた。/自信を失った竹内は、辞めさせられたことを親にも言えず、しばらくは医院に通っているふりをしながら、パン工場でアルバイトをした。なんておれはダメな人間なんだ。劣等感に苛まれ、自分の今後に絶望したが、ベルトコンベアの前で黙々と食材に向き合う仕事は、何も話さなくていいという一点によって彼に安らぎを与えてくれた。

吃音と生きる 2 ――「治す」ために何ができるか
新潮45 2014年7月号

「彼とはそれきりでした。そして去年の年末、突然奥さんから電話があったんです。『主人が亡くなりました』って……。吃音から鬱病になって、とのことでした。彼とは、夜遅くに病院の時間が終わった後に訓練をしたりと、いろんな思い出がありました。『電話で、言えなかったことが言えて、受話器を置いた瞬間に涙が出てきた』って手紙をくれたこともありました……。彼が望んでいたのはきっと、”普通に”話し、”普通に”名前が言えること、ただそれだけなんです。そんな極々ささやかな望みをかなえるために、一緒になってもがくことがぼくの仕事だと思っています」

吃音と生きる ――百万人の知られざる苦悩
新潮45 2014年2月号

「私は、高校を、中退したあと、一七歳のとき、自殺、未遂を、したことが……あり、ます。ビルの、八、階から、飛び降り、たんです。でも、下に、草の茂みが、あって……。死ね、な、なかったんです。こないだ、北海道で、吃音を苦に、自殺、した、という人の、ニュースが、あり、ました。その人や、自分以、外にも、すれすれ、の人は、多い、はずです。仕事に、就け、ない、人などに、対して、打、開策が、ないん、です。そうした、人たちに、対して、早く、なんとか、しないと、と思って、います。自分も、妻と、子、どもが、いな、ければ、いま、ここには、いないと、思います」

なんとか治したい 吃音矯正所にすがる人々
週刊金曜日 第469号(2003年7月25日)

問題は事実なんかじゃない。信じたいという気持ちを壊すようなことはやめてくれませんか・・・。そんな思いが「神様みたいな存在」という言葉からにじみ出ている気がした。/事実がどうであれ、信じることで何かが変わるかもしれない。そう思う局面は誰にでもある。関西―東京という距離を越えて、四二万円をかけて中央興人院に通った彼女からは、そんな切実は気持ちが感じられた。――中略――矯正方法の良し悪しや事実関係は、もはやそのとき問題ではないのかもしれない。根拠などはどうでもいい、ただ”どもり”は治るんだと信じさせてほしい、そんな潜在的な思いが、もしかしたらここに通う多くの人たちにはあるのではないか・・・。

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miyabi-gadouさん