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公家服のえり(盤領・円領)の止める所ってどうなってるん?

数年前に検索したときには見つけられなかった情報が、ひさびさに検索したらあっさり見つかったので。

更新日: 2015年05月26日

mitimasuさん

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袍(ほう)や襖(おう)の丸えり(盤領・円領)を止める蜻蛉って?

公家や大名の礼服で着る袍《ほう》や襖《おう》。

これらの服のえりは、盤領《ばんりょう/あげくび》とか円領(えんりょう/まるくび)などと呼ばる円筒のようなえりになっています。

このえりをどうやって止めたかというと、袍《ほう》や襖《おう》では蜻蛉と呼ばれる結び目を輪に通して止めたのだとか。

ダッフルコートのボタンが木のトグルではなく玉結びになったような感じですね。

ところが数年前に検索したときには具体的な写真や画像が見つかりませんでした。

というか聖徳太子の時代の服は、その後の日本とは逆で左前なのに~。この奈良時代の絵師ちゃんは時代考証もおろそかな困ったちゃん。

……まあ、そんなにアップで描くわけでもなく、輪に結び目を通して止めるというのはわかってるのだから想像とゴマカシで描いてもそこまで致命的な間違いにはならないのですが。

しかし、やっぱり、よくわからないものを想像で描くことにずっと気持ち悪さを感じていました。

http://commons.wikimedia.org/wiki/File:Jidai_Matsuri_2009_544.jpg?uselang=ja

同じ盤領(あげくび)でも水干はボタン式ではなく、ひもで結びます。こっちは絵画資料も多く、困ることはなかった。

水干が普及したころは中国文化の影響が薄まって日本が独自な文化を歩み出した頃ですが……そんなにボタンが嫌だったの?>ご先祖様。

しかし、ネットやSNSの力は偉大なもので、数年ぶりに調べなおしたら、あっさり探していたものが見つかったのでした。

重要文化財『市河米庵像』 渡辺崋山 より。

市河米庵像 - e国宝
http://www.emuseum.jp/detail/100987/001/001?x=600&y=2822&s=5

e国宝のおかげで細かい部分まで拡大して見られるようになって、大助かり。感謝感激。

江戸時代の作。こういったものは、奈良・平安のころからあまり変化してないだろうと思いますが、どうなんですかね。

玉結び

凝った組みひも文化が飛鳥や奈良のころからあったかどうかわかりませんけど、玉結びにもいろいろあるみたいなので。

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