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創価学会一番ひどい生き地獄体験談被害(脱会相談リンクつき)
(一番人気があります)
http://matome.naver.jp/odai/2143246203578082701
創価学会前会長・秋谷栄之助氏が脱会か?
http://matome.naver.jp/odai/2143249076002276101
創価学会世田谷現役支部長 脱会!(日蓮正宗ご利益体験談つき)
http://matome.naver.jp/odai/2143332296220827401
創価学会批判ビラ眼球突き刺し事件
http://matome.naver.jp/odai/2143282018858477201
創価学会が私に攻撃される理由
https://matome.naver.jp/odai/2143753793168705201

創価学会による被害者の会ウェブサイト
:池田大作レイプ裁判・控訴審
http://toride.org/81/rape.htm

・『自由の砦』第97号(2001年2月10日)
http://toride.org/study/197.htm

池田大作レイプ訴訟は事実審理されず時効で逃げ切った

創価学会側は裁判でレイプの事実はないと反論しており
提訴後は『デッチ上げ訴訟』『狂言訴訟』だと反論していた。
最終的にレイプ訴訟は創価学会側が勝訴している。

東京地裁は、一方で、消滅時効・除斥期間については
池田側の主張を認めて弁論を分離し、
第6回口頭弁論後の1998年5月26日、
女性による請求と夫による請求の一部
(1973年の事件に関する部分)について
消滅時効・除斥期間の経過による却下とする一部判決を下した。

夫妻は即日控訴したが棄却された。

※これらのレイプ事件の裁判で「創価学会による被害者の会」は、

1.事実審理はされなかった
2.池田は時効で逃げ切った
3.訴権濫用だとして門前払い

と広報した。『週刊新潮』誌上においても、山田直樹は
•「およそ5年に及んだ裁判は、
なんと実質審理に入らないまま終結」
新・創価学会を斬る 第4回(『週刊新潮』2002年11月27日号)

と訴訟を振り返り、
「裁判を傍聴し続けた」という乙骨正生(おっこつ まさお)も
•「女性の訴えは時効であるとし、
女性の夫の損害部分についても
実質的な事実審理に入ることなく訴えを退けた」と記述している。
『週刊新潮』2005年12月1日号

不法行為に対する損害賠償請求期間は被害を知り相手を知ってから3年、発生してから20年(被害も相手も知らない場合)である。被害者本人は確かに時効は成立しているが夫のほうは時効は成立していない。司法専門家はこの判断は、従来の裁判所の姿勢とは一八〇度異なる、きわめて奇異な姿勢だと次のように指摘する。  「近年、裁判所は、公害問題や労災問題などで、たとえ時効の成立が明らかであっても、積極的に権利の救済を図ろう、という姿勢を見せていた。ところが、今回の問題だけは、時効の成立について議論が分かれているにもかかわらず、事実審理もせずに一方的に時効の成立を判断したばかりか、時効の成立が明らかな事件を審理することは、裁判所も忙しいし、人件費もかかって無駄だ、と言い放ったも同然。驚くべき判決だ。」 と述べている
http://www.toride.org/81/rape.htm

東京地裁裁判官(裁判長:加藤新太郎)は、
反証されるたびに夫妻側が主張を変更させたことなどから、
・各事件の事実的根拠が極めて乏しい
・夫妻側の訴訟活動は、被害救済を求める者としては極めて不自然である
・紛争の解決を真摯に目的とするものではなく、
池田・創価学会に不利益を被らせることを目的と推認されてもやむを得ない

と判断して2000年5月30日に「訴権を濫用する訴えであるから、
不適法なものとして却下する」との判決を下した。
ただし、事実審理はされず、時効で逃げ切ったため
創価学会教祖池田大作レイプ疑惑が残る判決となった


平成8年(ワ)第10485号 損害賠償請求事件 東京地裁判決(2000年5月30日)。HTML・テキスト(抜粋)。http://tidesk.web.fc2.com/nobukyogen-tisai/nobukyogen-tisai.txt高裁判決とともに『判決 訴権の濫用―断罪された狂言訴訟』(倉田卓次他3名 日本評論社 2002年 ISBN 4535513260)に全文が収録されている。

控訴審

女性の夫は控訴した。
控訴審では、夫妻側は「事件の回数は6回であった」と主張を変更した。
変更の理由は「池田側の執拗な問い質しより明らかになった」と説明されたが、
「合理的な理由を欠く」
「訴訟の遅延を図るためと取られても止むを得ない」と判断された。
他の争点については一審と同様の判断が示され
「訴権の濫用による却下」が支持されて棄却(2001年1月31日)、
上告も棄却・不受理(2001年6月26日)となって確定した

平成12年(ネ)第3364号 損害賠償請求控訴事件 東京高裁判決(2001年1月31日)。
テキスト(抜粋)。http://tidesk.web.fc2.com/nobukyogen-kousai/nobukyogen-kousai.txt民事手続判例研究(PDF)にも一部が転載されている

月刊潮2001年9月号: 最高裁で完全敗訴!
(これで池田大作レイプ疑惑が残る判決となった)
http://web.archive.org/web/20020424182006/www.usio.co.jp/magagine/usio0109/u010905.html

創価学会教祖池田大作レイプ 1回目のレイプ

池田大作レイプ事件を追う - 創価学会による被害者の会
http://www.toride.org/rape.html

池田が大沼に初めてやってきた日から三日目、
6月27日の夜のことでした。
それから起こる恐怖と屈辱の体験など、察知する由もなく、
私は、自分の仕事として、それまでどおり午後9時に、
池田の布団を 敷くため三階に上がっていきました。

すると、初日も二日目もその時間には部屋にいなかった池田が、
寝室隣の執務室にいて、何か、書きものをしていたのです。
ステテコとクレープのシャツ、という姿でした。
私は、「失礼します」といって中に入り、
邪魔をしてはいけないという思いから、
寝室と執務室の間のふすまを閉めようとしました。
ところが、池田は、 「そのままでいいよ」 と言うのです。
私が、池田に背を向ける形でシーツを整えていた時です、

池田は、前かがみになった私の背後から、
いきなりのしかかってきたのです。
アッという間のできごとでした。
池田は、私を押さえつけたまま、肩の方から手を伸ばし、

私のブラウスのえりとスリップのひもを一緒に引っ張りました。
夏物の薄いブラウスですから、ひとたまりもありません。
ボタンがバラバラとちぎれ落ちました。
スカートもビリビリに破られました。

池田は、「ハッ、ハッ」と荒い息を吐き掛けながら、
「下着は一枚だね」
と言って、私の下着の中に手を入れてきました。
 ものすごい力で押さえつけられた上に、
恐怖で声も出せないでいる私に、

池田は後ろからグッと突いてきたのです。
あがき、もがいて、抵抗を続けていた私は、
目の前が真っ暗になり、
うつぶせになったまま、失神してしまいました。
どれほど時間が経ったでしょうか。
気を失った時はうつぶせだったはずなのに、

寒さを感じて気がついた時、
私は、仰向けで布団の中に寝ていたのです。
私が這(は)ってドアまで行こうとすると、
池田はしつこく追いかけてきました。

ドアに頭をぶつけ、心臓はドキドキして、
ここで殺されるのではないかと、

本当にそう思え、大変な恐怖でした。
ようやくドアを開けて、二階にかけ降りると、
トイレに飛び込みました。
激しい吐き気に襲われ、それはしばらく続きました。
そして、気持ちを鎮め、
下腹あたりについている体液を何度も何度も拭きました。
皮膚が赤くなっても、なお拭き続けました。

創価学会教祖池田大作レイプ 2回目のレイプ

二回目に私が池田から犯されたのは、
昭和58年8月19日のことでした。
早朝、私はいつもどおりに一人で、
大沼研修道場の敷地内にある

プレハブ建ての喫茶「ロアール」の掃除をしていま した。
大沼の夏は、もやが深く立ち込め、
数メートル先も見えなくなります。
入口を背にして、テーブルを拭いていた私に、
いきなり池田が後ろから抱きついてきました。
池田は、毛むくじゃらの腕で私をはがいじめにし、
脚をかけて、私を押し倒しました。
倒れる瞬間、私はテーブルで左脇のあたりを強く打ちました。

また、ブラウスはボロボロに破かれ、
スカートも靴下 も無理やり外(はず)されてしまいました。

のしかかってきた池田を押し退けようとするのですが、

脚も腰もオモリを付けたように重く、
はねのけることなど、 とてもできないのです。
池田は、まるで、狙った獲物に向かって一直線に進む、
ケダモノそのものでした。

目的を果たし終えた池田は、外に人の気配を感じたらしく
(結局、外には誰もいなかったのですが)、
力をゆるめ、 私はようやく解放されました。
このとき、一瞬ではありましたが、
私は初めて池田の裸の下半身を見ました。

池田の下半身は異常に毛深く、
まるで 黒いパンツでもはいているかのようでした。
トレーナーのズボンをずり上げながら
逃げる体制の池田は、私の方を振り向き、
「二号さんの顔を見にきたんだよ」
と、下品に顔を崩して笑いました。

その笑いは、本当にこの世のものとも思えない不気味さでした。

創価学会池田大作レイプ 3回目のレイプ

大沼研修道場で三回目に私が池田から暴行を受けたのは、
平成3年8月17日の早朝でした。
朝7時半頃、食料の補充をするために、
私は、研修道場の敷地の中を歩いていました。
その朝も、大沼研修道場は深い霧に包まれていました。
敷地の路上を歩いていた私に、
突然、池田が左後方から飛びついてきたのです。

私は引き倒され、後ろからすごい力で抑え込まれてしまいました。
逃げよう、逃げようとするのですが、
全体重でのしかかられた上に、

押さえ込まれ、地面には掴まるところもなくて、
どうすることもできません。

声を出そうにも、「アー」とか「ウー」としか出ないのです。
池田は荒々しく私の衣服をはぎ取り、
前の時と同じように「ハッ、ハッ」と息を荒げて、
私を犯したのです。衣服はボロボロになりました。
 
とにかく、その間も逃げることしか考えなかった私は、
無我夢中で池田の手を引っかいたり、
かみつき、池田の力が一瞬、ゆるんだすきに、
私はようやく身体を引き離すことができました。
池田は、また、あの不気味な笑いを見せ、
霧の中を逃げていきました

仙石原会館池田大作強姦(別の被害者による池田大作レイプ事件)

http://8724.teacup.com/sokasoda/bbs/2601

弁護人:その記録というのがこれですね。
(※同資料を裁判長に提出)
隈部(月間ペン編集長) :41年、神奈川県・仙石原にある
創価学会の作業所(※学会会館)で、
池田氏が『人間革命』のゲラに
手を入れる仕事をしていたところ、
池田氏は疲れたので酒を持ってくるようにいいつけた。
その時、奉仕員として来ていた若い主婦、
28歳の学会員が、その用事をたのまれていった。
その女性が(池田大作に)お酌をし、
一合の酒が空(から)になるころ、

突然、池田大作の右手が女性の背中に回った。
それから20分、女性は電気を打たれたように
何もすることができず手ごめ(強姦)にされてしまった。
その後その女性は、 呆然として小田原の家に帰り、
ついに学会を脱会するに至ったということです。

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