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Cocochanさん

ベテラン漫才コンビ「今いくよ・くるよ」の今いくよ
(いま・いくよ、本名里谷正子=さとや・まさこ)さんが
28日午後、亡くなった。67歳。京都府出身。

昨年9月に胃がんが見つかり
闘病しながらステージに立ってきた。
細い体形と濃いめのメークで知られ
84年には上方漫才大賞を受賞するなど
本格女流漫才師として活躍した。
葬儀・告別式の日取りは未定。

関係者によると、死因については不明だが
これまでがんとの闘病を続けながら舞台に立っており
「かなり体力的にも厳しいものがあったようです。

舞台を降りるとつらそうだった。
気力と体力を振り絞って漫才をしていたという。
最後の舞台は今月上旬、大阪市のなんばグランド花月とみられる。

抗がん剤治療を行うなどして
12月3日には
「今までの彼氏より、がんの方が長い付き合いになると思う」と
漫才師らしく笑いを交えて闘病への決意を表明し
元気な姿をみせていた。

胃がん告知に同伴したコンビ愛

いくよが検査結果を聞きに行く病院にくるよは付き添い
そして告知を受けた際には
「先生、何とか助けてやってください!」と叫んだ

くるよは「まさか、どないしたらええんやろ」と動揺し
医師にすがりついた。
闘病中も毎日病院へ通って励まし続け
2014年12月にはとうとういくよを舞台復帰へと導いた

そんなくるよのコンビ愛の裏には、5年前の出来事があった。
自分が不整脈で舞台で倒れた時、いくよがとっさに支え
「誰か!」と助けを求めた声に意識を取り戻した。
だからくるよはいくよを「命の恩人」と思い
今回は支える側に回った

漫才ブームをけん引

漫才ブームは、演芸界において、1980年~1982年の
ごく短い期間に漫才が
さまざまなメディアを席巻した一大ムーブメント

演芸場の延長線上でしかなかった漫才の客層が大きく変化し
若い女性を中心とするファンが増え
漫才師がアイドル的な人気を得るようになった

芸能人からも悲しみの声

いくよ師匠。本当に優しい方でした。「おかあちゃん元気?」と僕の家族にまで気をかけてくださいました。一度だけ怒られた事があります。僕が若手の頃、病弱をキャラにして漫才をしてた頃「そんなんあかん。元気が一番」と。ありがとうございました。元気でがんばります。ご冥福をお祈り申し上げます。

連日の訃報。。 俺もそんな年齢になったという事かな… いくよ師匠。 いつも笑顔で優しく声をかけて下さってありがとうございました! 番組やロケで甘えさせて頂きありがとうございました! オモロイ漫才、ありがとうございました! ご冥福をお祈りします。

初めてのレギュラー番組、『おにくちゃん』というあだ名。 常に気にかけてくださって感謝しきれません。芸人人生スタートが師匠とのラジオでした。『一歩、一歩やで』『感謝の気持ち忘れたらあかんで』『なんや、オーラ出てきたやんかいさ』色んな言葉忘れません いくよ師匠一歩一歩頑張ります。

いくよ師匠いつも楽屋でも明るく振る舞って頂き、そして僕ら若手達をたくさん連れて焼肉や中華に連れてって貰い、漫才ブームの時の色んなお話聞かせて頂き。優しくて本当に嬉しかったです。ありがとうございました。 ご冥福をお祈りします。

いくよ師匠、さみしい。。。僕の事をいつも「ジャグジー」とよんでくれてはった。自動販売機にお金をいれてから、「あんた!押し!」と無理やりジュースをご馳走してくださいました。あぁ。。 御冥福をお祈りします。

今日は 師匠の好きだった アサヒスーパードライを 飲もう。 冷たい冷たいビールを飲もう。 お疲れ様でした いくよ師匠。

今いくよ・くるよ師匠のいくよ師匠が28日に長い眠りにつかれたそうです。 小さい頃大阪に行く機会が多く良くお会いしていたのですが、とっても良くしてくださって可愛がってもらっていたのを覚えています!! とっても素敵な方々で大好きな漫才師です! ご冥福をお祈りします。

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