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緑茶が消える!?

緑茶に起きている異変とは。

更新日: 2015年06月20日

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music~etc..さん

年々減っている緑茶消費量

総務省家計調査によると2013年には1世帯あたりの緑茶消費量が1965年当時の約3割、1人あたり換算では約6割と、自宅で緑茶をいれる習慣は減退傾向にある。

原因は?

・農家の高齢化、後継者不足(農業共通の問題)
・消費の冷え込み(あまり緑茶が飲まれない。ペットボトル茶の消費は伸びているが、使われるのは低級茶葉なので、高級品である静岡茶は活躍できない)
・それによる緑茶の販売価格の低迷
・改植が必要な時期が来ているのにできない(お茶の木はだんだん弱るので、20~30年に一度新しく植え直す必要がある。これが改植。改植には労力と資金が必要)

リーフ(葉茶)における需要衰退の経緯

1985年(昭和60年)緑茶の消費が最盛期の時代、日本国内の年間消費量が凡そ10万トンあったものが、2012年には消費量は半分を割り4万8千トン程度と推測されております。

ピーク時からわずか27~28年間で何故リーフ茶の消費激減があったのか?

私たち茶業者は異口同音、緑茶ドリンクの出現を理由に挙げております。

「古きを訪ね新しきを知る」の例えから、葉茶の宿敵、ドリンクの発祥を探ってみましょう。

今を去る40年前、1973年ごろ、静岡市葵町に株式会社マルヤ三浦勝蔵商店の三浦敏雄社長が画期的な麦茶の缶入りドリンクを開発、発売されました。

当時、無糖のドリンクはほとんど無かった時代、食事の飲み物としてお弁当屋さんにもてはやされ、全国版には至らなかったものの、地方版としては一時期を風靡したといっても過言ではないでしょう。

ただ残念なことに今と違いコストダウンできるオートメの機械もなく半手作りの缶飲料であり、結局、採算割れのため、数年ちょっとで姿を消す結果となりました。

ついで、登場したのがウーロン茶の缶ドリンクです。

1979年東京の伊藤園が中国より輸入したウーロン茶のリーフを販売、間もなくテレビ番組「夜のヒットスタジオ」で当時の人気アイドル、ピンクレディが「私達これを飲んで痩せました」と伊藤園のウーロン茶を紹介したことにより、ウーロン茶が一大センセーショナルを起こしました。

その2年後1981年伊藤園が初めてウーロン茶の缶ドリンクの開発販売に踏み切り、大ヒット商品となりました。

翌1982年、静岡市の静安茶連(静岡安倍茶農業協同組合連合会)専務理事の岡部廣氏が日本で初めて緑茶缶ドリンクを開発、発表をしました。

当時、私も試飲致しましたが、原料茶も良かったと思いますが、現在市販されている緑茶ドリンクより かなり出来栄えが良かったと記憶しています。

ただ、残念なことに酸化防止剤(ビタミンC)を使用しなかったため、日持ちがせず、一般市場販売までには至りませんでした。

その後、1985年、伊藤園が「お~いお茶」の缶ドリンクを作り、酸化防止剤の使用で長期の賞味期間が可能となり、ベンダー販売により緑茶ドリンクの第一歩が始まることとなりました。

更にその後、10年余経過、1996年(平成9年)伊藤園が本格的緑茶ペットボルの販売に踏み切ることにより、緑茶ドリンクは家庭の冷蔵庫まで侵入、リーフ市場の凋落が鮮明となって参りました。

緑茶が消える!?

2015年6月7日(日) 11:45 ~ 12:55
番組内容
人気急落で緑茶が消える!? 富士山の麓…茶処の生き残り戦略

近年日本人の緑茶離れが進み、廃業に追い込まれる農家が急増しているという。新茶の取引価格も過去5年で最低水準を記録。各茶農家は生き残りをかけた取り組みを始めている。
緑茶からウーロン茶の製造にも着手した農家、オリジナルブランドを開発した農家など・・・お茶処・静岡の茶農家に訪れた変革の波を髙田はどう見たのか。

ネットの反応

だって急須で飲むと洗うの面倒くさいし、
急須入れた茶葉はすぐ劣化するから

今はペットボトルのお茶でも十分美味しいからな。

俺は弁当と一緒に買うのは
麦茶が多いなあ。
一番癖が無いし

カフェインがはいってないから、いくら飲んでもいいしなあ

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